参議院 沖縄・北方問題及び地方特別委|2026年7月3日

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沖縄の米軍基地問題、「辺野古に移せば普天間は返る」はずが──前泊教授、米軍幹部の本音を暴露

議題:沖縄問題|YouTube動画

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映像ソース:YouTube国会中継

90秒でわかる要約

普天間返還合意からちょうど30年。この回の参考人質疑で飛び出したのは「辺野古移設=普天間返還のため」 (27:16)という建前そのものへの疑義だった。前泊博盛・沖縄国際大学教授は米海兵隊幹部とのやり取りを暴露し「辺野古ができても普天間は返さないよって平気で言いますね」(00:27:16)(00:27:16)(00:27:16)とバッサリ。建設費は当初3600億円→9300億円まで膨張、進捗はまだ4割、県試算だと最終2兆5000億円まで行くとして、もう軍事じゃなくて日本の建設業界の利権の問題に変わってる、的な断言まで。しかも「世界一危険」 (37:27)と言われる普天間の米軍機事故は19件、隣のカデナ基地は655件とケタ違いに多いというデータで数字による反論も繰り出した。一方、宜野湾市の佐喜真淳市長は外来機急増で去年の基地被害苦情が例年の3倍超・1134件になったと訴え「普天間飛行場の固定化は絶対あってはなりません」と切実モード。安全保障研究者の川名晋史参考人は、普天間返還には国連軍基地機能の維持と那覇空港級の長い滑走路確保が条件になっている点を指摘し、「有事」を意味するcontingencyが日本側では「緊急時」と訳されて本質がぼやけていると一刀両断。数字とデータで殴り合う参考人質疑、というのがこの回の本質。

主な論点

  1. 返還合意から30年、まだ動いてなくない?

    1996年の日米合意から30年。佐喜真淳・宜野湾市長は「40年目はもう考えたくない」と述べ、固定化だけは絶対に避けるべきだと訴えた。

  2. 前泊教授「もうこれ利権の話だから」

    前泊博盛・沖縄国際大学教授は辺野古の建設費が3600億円から9300億円に膨張し進捗は4割、沖縄県試算で2.5兆円に達すると指摘し「軍事ではなく利権」と断言した。

  3. 「世界一危険」 (37:27)って言うけど、数字見た?

    前泊氏は普天間の米軍機事故は19件、隣接するカデナ基地は655件だと指摘し、「世界一危険」 (37:27)という前提そのものに疑問を投げかけた。

  4. 実は返還、条件付きだったって知ってた?

    川名晋史参考人は普天間返還の条件として国連軍基地機能の維持と那覇空港級の長い滑走路が必要だと説明し、「有事」を意味するcontingencyが「緊急時」と誤訳されてきたと指摘した。

  5. 苦情が例年の3倍超、1134件になってる件

    佐喜真市長は昨年度、外来機の飛来増などで基地被害の苦情が例年平均300件前後から1134件に急増したと述べ、政府に運用ルール順守の徹底を求めた。

速記を起こしてくださいただいまから沖縄北方問題並びに地方に関する特別委員会を開会いたします、委員の異動についてご報告いたします、昨日までに上野蛍さん、鎌谷地聡君、長谷川秀春君、井上義行君及び本田昭子さんが委員を辞任され、その補欠として青島健太君、江島清君、鈴木宗男君、朝日健太郎君及び鈴木大地君が選任されました、参考人の出席要求に関する件についてお分かりいたします、沖縄北方問題及び地方の活性化等に関しての総合的な対策受立に関する調査のため、本日の委員会に、宜野湾市長 佐紀真篤君、沖縄国際大学経済学部長 経済学部教授、沖縄国際大学理事 前戸まり博文君、及び大東文化大学法学部政治学科教授、香花真嗣君を参考人として出席を求め、その説明を聴取することにご異議ございませんか、ご異議ないと認め、作用を決定いたします、沖縄北方問題及び地方の活性化等に関しての、総合的な対策、受立に関する調査のうち、在沖縄米軍基地問題及び沖縄振興に関する件を議題とし、参考人の皆様からご意見を伺います、この際、参考人の皆様に一言ご挨拶を申し上げます、本日はご多忙のところご出席をいただき誠にありがとうございます、皆様方から忌憚のないご意見を賜りまして、今後の調査の参考にしたいと存じますのでよろしくお願いいたします。

次に議事の進め方について申し上げます、まず佐紀真参考人前泊参考人、かまな参考人の順にお一人15分以内でご意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えいただきたいと存じます、またご発言の際は挙手をしていただき、その都度委員長の許可を得ることとなっておりますので、ご承知おきください、なおご発言は着席のままで結構でございます、それではまず佐紀真参考人からお願いいたします、佐紀真参考人、皆さんこんにちは、普天間飛行場が所在する宜野安市から参りました市長の佐紀真篤でございます、本日は貴重な機会を賜り心より感謝を申し上げたいと思います、さて今年は普天間飛行場全面返還合意から30年という非常に重要な節目であることを踏まえまして、主に普天間飛行場の主な経緯及び早期閉鎖返還などの視点、跡地利用の観点、本市への新たな支援の観点、以上の3つの観点から意見をおねぼさせていただきたいと思います、まず1点目の普天間飛行場の主な経緯及び早期閉鎖返還などの観点でございます、お話のように平成8年4月12日当時の橋本内閣総理大臣と、モンデール駐日米国大使の共同記者会見において、今後5年内し7年以内に十分な代替施設が完成し、運用可能になった後不転売飛行場を返還するとの発表がなされました、町の中心に位置する不転売飛行場の全面返還合意は、沖縄県の基地負担軽減の象徴であり、議論案趣味のみならず、沖縄県民が心から喜んだところでもございます。

全面返還合意は沖縄県内の代替施設への、移設という条件付きでもございました、平成9年12月当時の日川哲也名護市長が、私は移設を容認する、普天間の苦しみに応えたい、その代わり私は腹を切る、遺言書は北部県北部やんばるの末を広がりの発展だ、として会場を経由で基地受入れを表明し、その後任期途中で市長職を辞職されました、また東市長の後継として当選された岸本武雄名護市長におかれましては、平成11年12月に一節受入れのための条件を示し、受入れを表明されました、基地負担は国民が平等に負担するべきでありますが、全国で二目飛行場の移設先を受け入れる市長層がない中受け入れを決断していただいたのは名護市民だけだけでございます。東京は、はじめ岸本市長に対しまして、 深く敬意と感謝を申し上げたいと思います。

普天間飛行場の返還には、大体一冊が必要であるという条件は、 日米両政府の合意のため、私どもの選択肢はございません。三十年がたった現在においてもこの条件は変わらず、破棄する否定することはイコール固定化につながることだと考えております、これまで幾度となく示された普天間飛行場の返還期日はいずれも実現が至らず、その都度にその度に市民は落胆と失望を繰り返しており、返還後より三十年が経過した今なお返還期日も示されておりません、これは先行きが見えないという意味で市民にとって大きな不安であり、20年30年と時が経ちますが、40年目はもう考えたくないというのが市民の切実な思いであります、この30年もの間には返還の実現を夢見ながら亡くなられ、あるいは明るい未来を享受することも叶わなかった多くの市民がおられます、特に昨年不天真飛行場問題解決するために、政府要請途中に亡くなられた松川正則市長の思いというものを、私どもは忘れてはならないと思います、そういう意味においても、いまだに返還が実現されないことは非常に残念なり、極めて遺憾であります、不天真飛行場返還問題に係る技能案市民の民意につきましては、不天真飛行場の危険性除去について、他に方策がなければ、辺野区移設を容認せざるを得ないとして、普天間飛行場は一日も早く返還してほしい、固定化は絶対避けなければならないというのが。

それが市民の強い願いであると同時に、10万人余の市民の生命と財産を預かる議論案書としての、責務であると考えております、ここまでも改めて、普天間飛行場返還に関するこれまでの主な経過について、ご説明いたしましたけれども、事例に配布してございます、資料をご参考ください、まず今申し上げたように平成8年4月には、共同記者会において5年ないし7年以内に十分な施設が完成した後に、福田山飛行場を返還すると、あるいは平成16年8月には、米軍ヘリが沖縄国際大学へと墜落事故がございました、さらには2014年という返還期日も延期をされ、平成21年7月には鳩山民主党当時の代表が沖縄市で行われた、党公認候補の応援演説の際に不定前非公助を一切に関し、最低でも県外と発言、そしてそれを踏まえながら、2022年5月には鳩山総理当時が就任後初めて沖縄に訪問した際に、最低でも県外との撤回を表明してございます、言い換えれば辺野古に回帰したということでございます、さらには平成27年11月に政府が沖縄県知事による、不転売工場代替施設に関する埋立承認取消しの求めで、訴訟が開始をされました、その訴訟の中身として令和5年9月には、政府と沖縄県との不転売工場代替施設、警察に関する一連の訴訟が集結し、最高裁の判決が是正ということで、県の条項を却下いたします、県の敗訴が確定をいたします、以来6日今日まで不転売飛行場の問題が。

常に大きな市民の関心事ではございますが、この30年もの間市民は昼夜を問わず、派生する航空機騒音被害に加え、米軍ヘルの沖縄国際大学への墜落事故や、普天間第二小学校への窓落下事故が発生し、幸いにも学生や住民子どもたちへの人的被害がなかったものの、航空機事故の危険性にさらされ続けられるとともに、P4層を含む泡消化剤の漏出事故など、過重な基地負担を強いられ続けているのが今の宜野川市でございます、さらには昨年度は外来機であるZ戦闘機の離発着が、市民から基地被害に関する苦情を受け付ける基地被害100等番が、過去3年の平均値がだいたい300件ではございますけれども、3倍以上の1134件もの切実な声が寄せられているなど、市民の我慢は限界を超えております。

一方で、令和6年11月10日より、普天間飛行場代替施設建設の埋立の工事が再開をされ、政府の説明では提供手続完了まで同時から記算して10年を要し、部隊の移転などのプロセスを考慮した上で返還時期が決まるとのことでございます、代替施設の提供手続完了まで現時点で10年を切っているものと考えておりますが、具体的な返還時期については未定であります、これまでは全面返還合意、このままでは全面返還合意から40年を経過しても、不転売工場が本市の中心にあり続けることとなります、その結果としてこの間、慢性的な交通渋滞や市街地の分断、非効率的な公共施設の設置など、本市は計画的なまちづくりを行うことができず、約10万人の市民の生活は不便を強いられ続けることを踏まえれば、日米両政府は一日も早い不手前飛行場の全面変化に向けた取組を、より一層進めていくべきだと考えております、私の視点を世界に広げてみますと、沖縄県は日本とアジアとの結接点であり、広大な不手前飛行場の跡地利用は、今後の日本経済を牽引する可能性を秘めております、こうした観点からも変化までの三つ筋を早期に決め、世界の誇れる沖縄を象徴する跡地利用に向けた取組を、加速していく必要があると考えております、本年は普天間飛行場全面返還後以下30年の節目の年でございます、同飛行場の一日も早い閉鎖返還及び、速やかな運用停止の実現の向け、実現並びに返還期日の早期確定を、日米両政府に強く意思表示することを重要と考えており、議能案市民及び市内の各種団体が連携をして、議能案市が一丸となったチーム議能案を結成し。

日米両政府に対して共同要請行動を行う予定でございます、具体的には今月26日日曜日に議能案市内で、もう待てない全面返還合意から30年、普天間飛行場の早期閉鎖返還を求める、チーム技能案結成式及び共同要請行動出発式を開催いたします。28日には沖縄県を含め県内機関に対して、また30日から31日かけては、東京都内で日米両政府に対して共同で要請を行う予定でございます。返還行為の原点は、町のど真ん中に位置し、世界で最も危険な飛行場と言われている普天間飛行場の危険性、及び基地負担軽減であり、普天間飛行場の固定化は絶対あってはなりません、過ぎ去った30年を取り戻すことはできませんが、過重な基地負担を強いられ続けている今現在の、市民の負担軽減のため、また明るいまた未来ある跡地利用という、バトンを次の世代へとつなぐためにも、チーム技能案の取り組みを進めてまいりたいと考えております、次に跡地利用の観点についてでございますが、政府におかれましては福島育児校場跡地利用に関して、これまでも格別のご理解とご支援を賜っております、本市ではこれまで公共用地の先行取得事業の取り組みや、政府沖縄県などと連携をし、世界の誇れる沖縄を象徴する跡地利用計画を、跡地利用計画策定の向きと検討を進めております、令和9年度には全体計画の取りまとめを予定しております、基地跡地利用の先行モデル地区として取り組みを進めている本市の西普天間住宅地区の実績として、返還から10年で沖縄健康医療経験の解消という形で、その一部の町開きを行うことができましたことが、普天間飛行場跡地は同地区の約10倍の面積であり。

支障除去も含め跡地開発には相当の時間を要することが想定をされております、広大な普天間飛行場の跡地利用は今後の日本の経済を牽引する可能性を秘めたより、この観点からも普天間飛行場の早期変化に向けてご尽力を賜りますようお願いをさせていただきたいと思います、最後に3点目の本市への新たな支援の観点についてでございますが、これまで政府におかれましては普天間飛行場東側の約4ヘクタールの変化によって実現した、指導・技能案十四号の整備をはじめ基地や後資料の先行戻りとして西普天間住宅地区における19大学留学部及び大学病院の移設や沖縄健康医療拠点の形成の松づくりなど、様々な形で本市へのご支援をいただいているところであり、心より感謝を申し上げたいと思います、しかし本市の中央部に存在する、普天間飛行場は返還後以後も、30年運用が継続され、今後少なくても返還までの約10年間の間、騒音被害や事故の危険性などの基地負担を受け続け、計画的なまちづくりもできず、生活の不便や我慢を強いられていることは、市民にとって極めて深刻な問題であります、さらに返還後も後治療が可能になるまで、相当の時間を要することを踏まえれば、政府では着実に市民の負担を軽減するよう、本市への新たな支援をお願いしたいところでもございます、最後になりますが意見調査はこれで終了いたしますが、委員の皆様方におかれましては、本日述べさせていただきました内容を踏まえて、今後とも普天間飛行場問題について、国会で来たらなく議論をいただくとともに、一日も早く閉鎖返還ができるよう、皆様方のお力添え賜りますよう、議論案書を代表して最後のお願いをして、私の挨拶とさせていただきます、以上でございます、ありがとうございました。

次に前泊参考人にお願いいたします、前泊参考人、委員長、今日は沖縄国際大学からですね、2人の理事が登壇をしておりますけれども、毎日ですね、普天間基地を見ているとですね、この基地が変えるということを、まともに考える人はいないと思います、皆さん普天間基地を見たことあること、あるいは最近行った方何人ぐらいいらっしゃいますか、実際に見てみてそれが返ってくると思う方が、どれだけいるかということを改めて問い直したいと思います、今日はレジュメの方に少し入れさせていただきましたけれども、我々学生と一緒にですね、この海兵隊の幹部の皆さんともディスカッションしています、毎年ですね3回4回と重ねてますけれども、彼らに聞いてもですね、辺野古ができても普天間は返さないよって平気で言いますね。これはもちろん軍人ですから、政治家の皆さんにですね、こういうことを言うと首が危なくなるので言いませんけども、本音ベースで聞いていくと、この普天間を返すバカはいないという話をしてきます。

これだけ揃っているんですね、今日レジュメに入れましたけれども滑走路だけではなく誘導路、着陸帯、駐機場、駐車場、プール、航空機用のガソリンタンクですね、照明装置や貯油施設こういった司令部の施設も含めてですね、どんどん強化されていることはあってもですね、これが変えられないということはまず、返すということはまずないだろうという、そういう発言が出てきます、私もこれまで確認をしたいところでありますけれども、工事関係者からですね、この普天間基地の下には各シェルターもあるんだという話も聞きました、そういうことも確認をした上で、あそこは実は世界岸の岩の上にあるんですけれども、下は100本ぐらい消入道があるんですね、中にはですね、消入道を超えるような大きなホールもあります、こういったものが返された後は、観光施設にもなるのではないかという議論もされてきてますけれども、実際に返された後の議論はするけれども返すまでの話ですね、私も沖縄国際大学に来て15年になりますけれども渋滞がひどいんですね、これは58号線そして330という国道を挟んでですね、この3キロ余りの距離をこの普天間基地が山して交通を遮断しているんですよ、それであればということで15年前にも提案しましたが、せめて帰ってきた後も渋滞解消にもなるのでトンネルを2つ掘れという話をしました、これは痛みでもそうですし広島空港も他の岡山空港でもそうですけれども、飛行場の下にですね滑走路の下にトンネルがないということはないんですね、交通を遮断しているのでせめてそういうですね日常的なまずこの困難すらですね解消しないでですね、返還の話ばかりしているという私も30年この問題に関わってきましたけれども、何と言っているかというとこれは日本の建設業界の利権の問題に変わっているだけで我々にとって必要なものかどうかという議論が全くなされていないという話を聞きます。そういったことを考えると、皆さんの中で本当に軍事的に、辺野古の新しい基地がどれだけ抑止力に効果を発揮するのかということを証明できる人がいるのかどうか、

そのあたりをしっかりと議論してほしいと思います。これはある総理経験者にも、それから防衛大臣経験者たちにも何人とも議論しました。最終的にこれがいくらかかるかという話ですね、3600億で計画されたものがその後9300まで上がって、それでもまだ40%の建設進捗ということになるとですね、おそらく沖縄県が試算している通り、2兆5000億かかるのではないかという話になっています、これは政治学的にはアウトですけれども、私経済学もやってますけれども経済学的にはこれはOKです、この1200メートルぐらいの滑走路2本、この程度の飛行場に2兆円もかけてくれる、これだけの公共事業は全国探してもないと思います、金に糸身をつけない、いくらでも使っていいというような工事を進めをしている、私も国交省の意をしました、B by Cというのがあります、ベネフィットとコストを考えた上で、これが果たしてその額に見合うものかどうか、防衛大臣たちとも議論しましたけれども、これだけの2兆円のお金があればですね何ができるか、空母打撃軍が4チーム作れるのではないかと、固定的なこの小さな基地を作る議論よりも、そこをなぜ議論しないかということも議論しています、私ももちろん憲法を守る側にいますけれども、5件であればこういう発言はできませんけれども、むしろ防衛力という議論であれば、辺野古ごときの議論でですね、30年も使っている場合ではないと思いますね、そういうことをしっかりと議論をしていただいて、沖縄でなければ解決できない、辺野古でなければ解決できないという、発想の転換ができない政治家たちしかいない、この時代には期待をしないということであります、我々は次の世代に、知恵ある世代にこの問題を先送りしていいのかどうかという、そういうところまで議論をしていただければというふうに思っています、今日数字の上ではですね、非常に厳しい話になりますけど、辺野古の基地は時代遅れだという話ですね。

30年前の古い移転計画、これさらに遡って1960年代に、アメリカの海兵隊と海軍が、辺野古に新しい基地を作る計画を持っていました、これ歴代防衛局長になる方にはですね、この計画ぐらい見たのかという話をします、資料につけてありますけれども3ページの方に、これは海兵隊が1966年67年に海軍も作っている計画であります、3ページです、この中ではしっかりと浅瀬にですね、3000メートル級滑走路2本を計画をしていました、ベトナム戦争の最中ということでこの計画は頓挫していますけれども、この計画ぐらい踏まえて新しい計画を作ればよかったんですが、この時には今の深みにはまるような軟弱地盤は外しています、そこにはまったために何兆円もかかるような計画になっているということを、どれだけの議員の皆さんが抑えているのかということですね、そういったことも踏まえた上で、もう一つ普天間基地をこの15年間、私の研究室の窓からずっと見てきました、毎年のように工事が進みですね、今辺野古を超える進捗状況じゃないかと思うぐらいですね、新しい施設がどんどん出来上がっています、滑走路は傘上げ工事が終わりですね、滑走路の中間にはですね、戦闘機用のストッパーまで作っている、それから新しい司令部施設はですね、2,3年かけてそれこそ4条区5条区をかけて、更新が進んでいます、屋根はですねどんどん防水工事が進みですね、このお金思いやり予算で出しているのかそれともアメリカ軍が直接出しているのか、アメリカ軍が出しているとするならばこの基地をですね10年で返すということはありえないと思います、どれだけのお金をかけて普天間基地を整備されているのか、辺野古の進捗よりも遥かに進む形で普天間の強化が進んでいることに対して、どれだけ視察をして皆さんご覧になって今この議論に関わろうとしているのかというところを、しっかりと抑えてほしいというふうに思っています、それから辺野古の問題ですけれども。

辺野古基地についてはですね、今まさに3600から9300、そして沖縄県の資産では2兆5000億です、これだけのお金をかけて作るだけのですね、余力がもう日本にあるのかどうか、そのことについてもしっかりと議論をいただければと思っています、これについてはですね、もう自民党幹部の皆さんも含めて、この問題はすでに軍事の問題なく、利権の問題であるという発言までいただいています、この利権が動いたしまった段階でですね、これを止めるとどうなるかということを、私も仲間同活のように言われました、これを止めると沖縄の皆さん死人が出ますよ、どれだけの工事はですね生活を支えているかご存知なんですかということを言われたりもします。そういうことを言われて、実際にですね、ダンプカーでたくさんの土砂を運んでいます。今、ダンプカーの運転手の中に若い女性の方もいます。こうやって生活をですね、そこに依存して支えるような形を作られてしまった段階で、これを止めるということがどれだけリスクを負うかという、そしてそれに代わる新しい公共事業を、大会の代わりにそういうものを作ってあげない限り、この工事は止められないという話をしています、反対運動だけで止まるものではないということをですね、抑えた上で皆さんが本当にこの辺野古の口が止まるというのであれば、代わる施設をどこかで作って、そしてその利権をしっかりとサポートしてあげる、その必要もあるのではないかというふうに思っています、この動きについてはですね、辺野古の動きもそうですけど、辺野古弾薬庫の建設、これはすでに終わっています、すでにですね古くなった弾薬庫をですね、新しい施設を作っている、これは海兵隊の施設の中で、報告書の中で計画書の中で出てますけども、13の弾薬庫を取り壊して、12の新たな弾薬庫と、武器の組み立て区画を作るという話が、この中でも出ています、実際にも整備が終わっています、これ一時期この地元市がですね。

ドローンで撮影をしたんですけれども、その段階で作っている形が、これ核弾薬庫ではないのかという疑惑も指摘をされました、ところがその後は埋められてしまいましたけれども、埋まってこの見えない状況ですけれども、こういう報道をされるとですね、ドローン規制法というので飛べなくして、見えなくしてしまうという、そんな状況が行われているんですね、それから辺野古の横にキャンプハンセンシャーブ、陸上の方にはですね、新たな施設がどんどん作られているんですよ、むしろこの間ですね、普天間問題にあるいは辺野古問題に縛られている間に沖縄の基地はどんどん強化されている。これ話が違うということになってきます。それからそもそもがですね、2ページの方に入れましたけれども、普天間は世界一危険な基地というふうに誰が決めたのかと。これを議論についてはですね、何回かこの参議院の委員会でもですね、議論しました。蓮舫さんがいた時でしたけれども、この数をですね実際に確認をしたのかと、今危険性除去には辺野古が唯一だと言ってますけれども、これまでですね昨年までに946件の米軍機事故が起こっています、その中で普天間基地で起こっているのは19件ですね、これが世界一です、もう一つカデナ基地は655件も起こっているんですね、それで世界一の名を欲しいままにしている、そういうことでいいのかと、本当に危険を除去するのであれば、カデナをどけてください、カデナをどける力もないのに、普天間ごときで30年も議論している、我が国の政治に対して期待感が薄れて。

学生のほとんどが関心を持っていません、すでに、普天間が動かない最大の理由は、地元の関心がなくなったんですよ、30年も期待して動かせないこの政治に、誰が期待しますか、そういうことを覚悟を決めて動く政治家が、終わった後は自分たちが制圧をして調査もさせない。その段階でこの2ページに入れました。何をしていたかというと、ヘリの部品に含まれている放射性物質を含む、それを一生懸命探しているんですよ。この写真を皮肉を込めて、これは司令官たちとの勉強会の時にも示しました。

なぜアメリカ軍は沖縄を守ってやっているのに嫌われるのかと言われたので、こういうことをするからですと、黄色い防護服を着ている兵士は何を探しているか、放射性物質のあの部品を探しているんですね、横にいる袖を巻きし上げている兵士たちは何なんだと、特別に放射性物質に強い体質を持っているのかという皮肉を込めて発言をしました、こういうことがなぜまかり通るのか、我々学生たちの命を守るということが、なぜ優先されないのかという、この国の政治は何を優先して、この基地問題を議論しているかというところを、改めて問いたいというふうに思っています、こういうことをしっかりと抑えた上で、それから中谷さんも元防衛大臣も発言をしていますけれども、分散しようと思えば九州でも分散できるが、抵抗が多くてできないと、理解してくれる自治体があれば移転できるという発言をしています。同じようなことを民主党の最後の防衛大臣になった森本聡さんも同じような発言をしています。

マグタフが機能すれば沖縄でなくても良いという、そういう発言をする政治家もいました。こういう人たちが今どれだけいるのかと、この国の政治の中で本気度でですね、この普天間を除去するという力を持っている政治家がいれば、名乗りを上げてほしいというふうに思います、アメリカと議論してしっかりとそれを除去できるだけの政治家がいれば、この問題について30年も引っ張ったりはしないと思います、残念ですがアメリカと交渉できる政治家がいないというところが、この問題の最大の弱点ではないかというふうに思っています、それから沖縄の振興の関係で言うとですねいつも出てくるのがですね、沖縄がまさに太平洋の金目石を役割を果たされたりしてきていますけれども、沖縄はですね実はもう米軍もですね沖縄から撤収をするというそんな論文までも出しています、これ3ページに入れましたけれども、アメリカの海兵隊の幹部が、中国がまず戦争をする時は沖縄を標的にしますと、家族が多く住むカテナ基地や、家族住宅が初期段階で確保の標的となる滑走路や、司令部施設と深いのほど近い、第一列島線に家族を同行すべきではないという、そんな話をしています、今日も朝一の飛行機に乗ってきたんですけれども、実践配備をしているというところも踏まえて。

こういった周辺の状況も踏まえて、しっかりとした議論をいただきたいというふうに思います、また引き続きこの議論を深めていただければと思います、ありがとうございました、ありがとうございました、次に川名参考人にお願いいたします、川名参考人、川原でございます、アメリカの海外基地政策について研究している研究者でございます、本日はお招きいただきましてありがとうございます、私の方からはアメリカの海外基地政策における在沖米軍基地の位置づけと、それから普天間返還が進まない理由、そして今後の課題についてお話をする予定でおりますけれども、前止まり参考人の陳述と一部重なるところがありますので、時間も限られておりますので一部割愛しながらですね、お手元の事前に配布させていただいたレジュメに沿ってお話しさせていただきたいと思います、私の話のポイントはですね先に申し上げておきますと、アメリカはこれまでもですね世界中でもそうですけれども、日本で特に日本本土でですね、彼らの基地を日本に変換してきているわけでありますが、共通する重要な特徴として、彼らは不利益変更は認めないと、これは徹底しているわけであります、したがいまして今の普天間変換に関してもですね、普天間の原油機能を十分に代替することと、これが最初から条件なわけであります、じゃあ我々はこの十分なの明細と言いますかですね、具体的な中身についてどこまで理解しているだろうかと、見落としはないだろうかと、この30年目に改めてその点について確認する必要があるだろうというのが、私の今回の話の趣旨でございます、その前に一番最初に少し俯瞰的にこの普天間基地というのはアメリカの海兵隊の基地でございますアメリカの海兵隊がどこにどれだけ基地を持っていてですねこの普天間基地というのはアメリカの海兵隊の基地でございます アメリカの海兵隊がどこにどれだけ基地を持っていてですねその中で沖縄日本がですねどういう位置づけにあるのかと。

こういうところからまずは確認してまいりたいと思います 最新のアメリカの国防総省のデータによりますとですね、アメリカの海外基地は世界に45カ国に散らばっております、計549あるということになってますが、これは少なく見積もってたというふうに私としては考えております、研究者によってはその倍の数を示すものもおりますので、あくまでも参考値だというふうに思います、いずれにしましても世界の22%の国がですね、アメリカの海外基地を受け入れているという世界が今日であります、大事なのはこの群種別というところですけれども、陸軍が最多で海空と続きます、海兵隊というのはですね世界に30しか基地がないと、彼らぐるぐるぐるぐるいろんなところ回って歩いてますので、常設の基地というのがそれほど重要ではないというのが理由ですけれども、彼らは30の基地を持っていますが、このうち7割がですね、ちなみに沖縄の米軍基地面積の7割、これを占めているのが海兵隊です、それを踏まえてですけれども、海兵隊は世界に30基地を持ってますけれども、そのうち26が日本にあります、その大部分が沖縄です、日本以外には韓国ですね、ポハンというところが韓国海軍の基地がありますけれども、そこに一部海兵隊がいるぐらいでですね、基本的には日本沖縄にいるということなわけであります、そういう意味においてですね海兵隊にとって、その沖縄の基地というのはですね非常に手放しがたいと貴重なものであるということで、例えば1960年代にはですね一旦国防総省は沖縄の海兵隊をほとんど全てですね、アメリカ本国に撤退するという計画を立案したこともありましたが。

海兵隊あるいは海軍省の徹底的な抵抗にあいましてですね、これとんざするわけであります、それは海兵隊にとっては繰り返しますが、沖縄におけるこの基地というのが、彼らにとっての非常に重要な戦略的な資産であり、また政治的にはですね既得権にもなっているということで、その他の軍種に比べるとその海兵隊の基地というのは、非常に粘着性が高いんだということを抑えておく必要があると思います、それから2番目です、普天間変換が進まない理由と今後の課題、括弧1につきましては割愛いたします、先ほど冒頭申し上げました、十分な代替施設とは一体何を意味するのかということです、この十分な代替施設というのは、1996年の佐古の中間発表の時からですね、一貫したアメリカが言っていることなんですけれども、我々はこれを辺野古に新たな滑走路を建設することをもって十分だというふうに、早とちりしてきたところがあるのではないかということであります、この十分な代替施設が意味するものの中で、この30年我々が十分に認識してこなかった2つの論点を今からお話しいたします、一つが国連軍の問題です、国連軍はあまり日本社会で議論されてこなかったものですので、議員の皆様方も必ずしも十分にご理解なさっていないところもあるかもしれません、簡単に申しますと朝鮮戦争1950年の6月に生じた朝鮮戦争の際に結成された、アメリカの有志連合軍のことです、正規の国連軍の作り方は国連憲章にそのレシピが明示されてますけれども、そのレシピ通りに作れなかったのでですね、即席で国連軍風のものをこの時作りました。

この時の根拠になったアンポリ決議総会決議はまだ執行していません、したがってこれを有効だというふうにアメリカ側は考えていますので、その限りにおいて検討してきたわけでありますが、この国連軍というフレームあるいは補助線を引くと全く違う形が意味が見えてくるということになりますさてこの国連軍の問題というのはまさに十分な代替施設が意味するものの筆頭要件です、なぜそのように断言するかと言いますと1996年の3月です、彼が作成した文章の中にアメリカが普天間をリロケーションするのであれば、各々しかじかの条件を満たさなければいけないということがあります、その最初に出てくるのが普天間は国連軍の基地なので、したがって代替施設は当然ながら国連軍の機能を充足させなければいけないというものでありました、これはもう一時資料で出てきております。

それからもう一つは普天間というのはカデナとセットで使われています、別々の軍種が使っていますがもともとは空軍が使っていました、カデナ基地の補助飛行場として普天間というのがあったんですが、空軍が60年代に手放したので海兵隊が後を引き継ぎました、ということで空軍と海兵隊が使っていますけれども双方的です、例えばカデナに折れられなくなったら普天間に降ります、横にありますからね、逆もしかりです、普天間に降りられなくなったらカデナに降ります、これダイバートという表現です、ダイバートフィールドと言いますけれども、緊急時に降りる飛行場のことをダイバートフィールドと言いますが、これが海兵隊にとっては非常に重要な機能で、普天間をどこかに移すとなったらですね、カデナに降りようとしていた航空機軍用機がですね、仮に降りられなくなった時にどこに逃がすのかと、当然降りられるダイバートフィールドは必要であるということでですね、アレスティングギアがついた長い滑走路が必要だということが、96年の3月の段階からアメリカは想定していたことです、非常に重要なこの2点が日本国内では十分に認識されて議論されてこなかったというふうに私は考えております、普天間基地は沖縄市政権返還された1972年の5月15日以降一貫して国連軍の基地です、当然ながら普天間基地が返還されて仮に辺野古に新基地が完成した暁には、当然ですけれども普天間が持っている原油機能はそのままそちらに行きますから、辺野古の新基地は国連軍の基地に指定される必要があるんだろうというふうに思います、国連軍というのは過去のものであると過去の遺物であってもはや関係ないのではないかというふうにお考えの方もたくさんおられますがそうではありません、特に2018年以降ですね北朝鮮の背取りですね。

背取りを警戒監視するためにこの国連軍のフレームワークでもってですね、本土でも当然横須賀が使われてますけれども、沖縄ではカデナとか普天間とかあるいはホワイトビーチ、これ国連軍の基地ですけれども、ここが使われて東シナ海とか台湾海峡に国連軍の枠組みでですね、彼らは活動を行っています、ですからフランス軍であるとかイギリス軍であるとかオーストラリア軍なんかがですね、普天間やカデナに入ってこれているのは、なぜかというと国連軍のフレームワークがあるからです、そうでないと彼らはどうして日本の自衛隊の基地ならまだしもですよ、米軍基地を彼らが使えるんですか、その根拠は国連軍の地位協定にあります、さてこの国連軍の問題後でご質問があればさらにお答えいたします、2番目長い滑走路の方です、こちらが今日急速に沖縄において論点化していると私は思っています、この長い滑走路は先んじて私が考えている飛行場を申し上げますが、これは長空港だというふうに言って差し支えないと思います、つまり那覇空港を米軍ないし国連軍に使用させるかどうかというのが、大事な論点に浮上しているというふうに私は考えております、さてこれもですねそんな話は聞いていないということではなくてですね、アメリカは最初からこれ実は30年前からこのことは言っているんだろうと思います、我々はですねこの昨今の中間報告とか最終報告とかですね、あるいはロードマップとか統合計画とかいろいろ節目節目で重要な日米、取り交わされています。それに関する合意の文書も出てきています。

通常は日本語に訳されたものを読むわけですけれども、英語のものと付き合わせてみるとですね、少し不自然なところがございます。それが英語には出てくるコンティンジェンシーという言葉です。コンティンジェンシー。それは何かというとですね、コンティンジェンシーというのは、どういうわけかですね、日本語では緊急時と訳されています、しかしこれは正確に訳すと有事です、コンティンジェンシーというのは、軍事的には有事のことを意味します、緊急時というのはエマージェンシーです、米側はしっかりエマージェンシーとコンティンジェンシー、両方の概念を文書に書いていますが、日本側の文書はなぜか緊急時の一語で括られています。つまりコンティンジェンシーが意味するところの有事の意味が消失しているということです。したがって我々はこの普天間の、普天間、辺野古に移します。

辺野古は1200メートルの滑走路、オーバーラン600メートルで計1800メートルです。この短い滑走路では実行できないような国連軍のファンクションあるいは米軍のファンクションをどこかで、これは穴埋めしなきゃいけないわけですけれども、そのために民間の飛行場が想定されていますが、これがいわゆる那覇空港です、那覇空港は2本の滑走路があってそれぞれ2700メートルと3000メートルです、これはまさにカデナに降りられなくなった軍用機が、ダイバートフィールドとしてそちらに降りられる十分な長さを持った、カストル飛行場ということになります、さらにアレスティングギアという聞き慣れない言葉も、アメリカ側は最初から出しています、アレスティングギアというのは戦闘機がですね、何かの機体不良でですね、例えば胴体着陸しなければいけないような形で、飛行場に突っ込んでくる時にですね、機体にフックがありまして、それを地上の滑走路についている鉄のワイヤーがあるんですけれども、それにグッと引っ掛けてですね、そして制動して止まるものなんですけれども、これは戦闘機を運用する滑走路には絶対に必要なんです、これがないと彼らは降りられません、危なくてですね、アレスティングワイヤー、那覇空港に設置されています、ですから那覇空港以外にないです、例えば家島とかですね、あるじゃないかという話が、下地島空港なんかもですね長い滑走路あるのでですね、よく名前が出てきますけれどもアレスティングギアありません、支援施設もありません、仮に突っ込んできた時にそこで整備したりですね修理したりするためには、そこに修理の施設も必要なんです、そうしたらそこに半年も1年も機体をずっと置きっぱなしにしなければいけなくなるのでですね、そのような路地施設を含めてしっかりと支援施設がないければですね、彼らはそれを代替施設というふうには見なさないということであります、いうことでありますのでこれはですね。

私のこの参考資料のところにですね、長い滑走路のミッシングリンクというですね世界の論考に書いてます、これはウィキリークスの文書なんかも出てきてますので、かなりの角度でアメリカは当初から那覇空港を使用するつもりであった、そして日本側もおそらくそのことについては一部の人々は認識していたのではないかということを示唆するですね、文書とともに紹介しておりますのでご関心のある方はそちらをご覧いただければというふうに思っております、あと1分で終わります、仮に長空港をですね国連軍が使うということになりますと、はい分かりました、じゃあここまでといたします、ありがとうございました、以上で参考人のご意見の陳述は終わりました、これより参考人に対する質疑を行います、なお質疑及び答弁は着席のままで結構でございます、質疑のある方は順次ご発言を願います、今井絵理子さん、自由民主党の今井絵理子です、本年は普天間飛行場の移設に関する日米合意から30年の節目にあたりまして、このような参考人の皆様から大変貴重なご意見を賜りましたことに、まず心から感謝を申し上げたいと思っております、この30年の間我が国を取り巻く安全保障環境、そして日米両国を取り巻く情勢というのは大きく変化をしております、しかし一方で世界一危険と称される普天間飛行場は今もなお 宜野湾市の中心部に存在し市民の皆様、沖縄県民の皆様は騒音や事故への不安と隣り合わせの生活を強いられていると 市長もおっしゃっておりました。

私は沖縄出身の国会議員としてそして与党の一員として、日本の安全保障政策を前に進める責任と、沖縄の過重な基地負担に正面から向き合う責任、その双方を担っていると感じております、そして自民党は特に誰よりもこの問題にきちんと向き合いながら、その解決に力を尽くす責任を担っている政党でもございます、安全保障を語るときにですね、沖縄の痛みというものを置き去りにしてはならないと、この思いを胸にしっかりと現実で一歩でも動かしていきたいと思っております、稲見県政そして中山県政、また日賀名護市長岸本名護市長をはじめ、沖縄の先人たちがその時々の厳しい状況の中においてですね、大きな決断を重ねてこられました、その歴史に改めて敬意を表するとともに、私たちはこれ以上沖縄県内の分断というものを深めるのではなくて、普天間飛行場の一日も早い危険性除去と、目に見える基地負担軽減を実現していかなければならないと感じております、私自身もその取り組みをきちんと日米両政府に強く求めていきたいと思っています、その観点からまず佐紀真参考人にお伺いします、市長はこれまでこの普天間飛行場の固定化を絶対に避けて、一日も早い危険性除去を実現するために国に強く求めてこられました、返還までの過渡期にある今ですね、市民の命と暮らしを守るために。

国が直ちに取り組むべき具体的な負担軽減策は何だとお考えであるか、そしてもう一つ市長が主張されてこられました、代替施設建設の進捗に応じた段階的位置について、どのようなスキームを想定されているのか、その上で国との意思疎通というものは、どの程度進んでおられるのか、そしてその実現可能性というものを、どのようにお考えであるかお聞かせください、佐紀真参考人、はい、山井先生ありがとうございます、まさに負担軽減というのは極めて重要なことだと思います、今私が陳情の中でも申し上げました通り、ジェット戦闘機が注意は問わず今飛来するようなことになっています、昨年から比較すると3倍近くというお話をさせていただきましたけれども、まず一番できるということからすると、総問題を解決してもらいたいというのがございます、本来であれば使用協定の中におきましては、夜10時から飛んではならないということでございますので、それを厳格に守るということも一つのアイデアだと思いますし、それを政府としてしっかりと米側と調整というかやっていただきたいと思います、基本的にはやはりそういうルールがあるんですから、しっかりと負担軽減のために総合問題を真剣に捉えながらやっていただきたいと、我々としては現場サイドからしていえば、普天間飛行場の司令官などを含めて地元での話し合いの中で、例えば小学校の卒業式とか入園式、あるいはそういうイベントがあるたびに情報を提供しながら、その時間帯やその日にも飛ばないように配慮していただけるようなお話もしておりますけれども、基本的には外来機というのは普天間所属機ではございませんので。

そういう意味では国も含めてしっかりと協議を重ねてやっていただきたいと思います、あと具体的にはやはり軽減からすると先ほど申し上げたように、街のど真ん中での普天間飛行場というのは常に分断がされております、北と南あるいは東と西そういう意味では交通体系というのは極めて偏弱というか厳しい状況でございますから、国の支援を受けながら交通をですねどういかにスムーズにできるかという交通渋滞の緩和とか、あるいは街づくりができない状況の中でしっかりと街づくりを支援するための、例えば公共施設も分断的に配置をしなきゃいけない設置をしなきゃいけないときにどうしても予算がかかってしまいます予算の中での支援というのも私は必要ではないかと思いますこのように地元ができることは地元の中でしっかりと協議を重ねながらやりますけれども、比較的国の力とかあるいは国同士がしっかりと協議を重ねながら、負担軽減に努めていくためには地元との協議というのは極めて重要だと思いますから、国の置きました地元技能の協議の中で、地元が望むようなことをしっかりと確認しながら、米国側にですね訴えていただきたいと思います、あと段階的な移注ではございますけど、これは私どもとして政府の求め手はおりますけども、ここもまた国と国との協議になりますから、今現在におきましては明確な回答としてのございません、ただその間ですね、KC-130という空中救援機が岩国に先行移注をしていただいたりとか、あるいは訓練の場所を変更するとか、そういうようなことは国としてやっておりますけれども、それを頻度を多くするということが重要ではないかと思います、銀の橋の街のど真ん中で訓練をすることなく、離れたところでやるということを含めながら、ぜひそういう目に見える形での対策を行っていただきたいと思いますし、残念ながら段階的な位置に関しては、今現在明確な回答はございません、以上です、今江理子さん。

ありがとうございました、もう一問先間参考人に聞きたいのが、今前泊先生が参考人が変換を実現しないんじゃないか、しないと厳しくおっしゃっておりました、これを受けて市長は変換を実現すると、今の話を聞いてどのような感想を得たのか、返還されないことなんてあったらどうされるのかなという、国としての危機感も今私は感じたんですけれども、そのあたりどのような感想をいただけましたか、佐紀真参考人、前どんまり参考人がおっしゃられたことについて、私自身がそれをコメントする立場にはございませんよ、ただ今日まで日米両政府が沖縄の基地負担軽減としてのその時代背景も含めて、やはり日米安保というものがより発展的にしっかりと強固にするためには、1996年の不定名返還合意というものがそのつながりで返還合意をされました、以来この条件というものは決して変わっていないと思います、様々な小さいものは変わったかもしれませんけれども、ただ私どもと申し上げたいのは、国と国との約束でございますから、国が責任を持ってやると、それを望んでいるのは、技能は市民であり県民であると、よもやこれが固定化であってはならないということを、やはり国だけではなくて、政制型も含めて考えるべきだと思います、我々は10万市民、私は10万市民の生命財産を預かっている市長ではございますけれども、案外と変換されて固定化になるということは、これはもう大変なことになると、日米安保どころではない、日本の安全保障の問題からすると、根幹から私はやはり揺らいでしまうということからすると、国会の中でしっかりと議論を重ねながら、30年を経ったこの時間軸というものを。

もっと真剣に捉えながら、いかに早く返還できるかということを、与野党問わず考えていただきながら、普天間飛行場の返還というのを実現していただきたいと、様々なお話が出ましたけれども、我々は専門的なことは知りませんけれども、大切なのは30年という時間は戻ってもありません、あと10年もかかってはならないと思います、よってできる限り先生方のお力も含めながら、原点を忘れずそこに臨んでいる市民がいる、県民がいるということを踏まえながら、この問題に解決そして市民を解放していただきたいと思います、以上です、今井英理子さん、ありがとうございました、次に前止まり参考人にお聞きします、先ほど辺野古が完成した後には、全面変換必ず実現するものではないんじゃないか、というすごく厳しいご指摘をいただきました、政府の想定と大きな乖離があると思いました、外交での約束国と国との約束というものが、簡単にですねこの保護にされるものなのかどうか、そこら辺の考えというのを前戸まり参考人にお聞きしたいです、前戸まり参考人、そういう変更するために政権のですね選択がありですね、それから大統領が変わったりしています、選択が変わる時代が変わるその時代の対応をするために政治家たちの新しい発想を入れていくというのがありますねそういう意味で30年も昔の話をですね今頃まで引っ張っていることがおかしいということを、米軍からも言われているわけですね、であればじゃあ新しい変換あるいはそれを実現するための形をですね、どう交渉していくかというのは大事だと思いますね、今あの辺野古の問題について言えばですね、完成をしたら帰ってくるという風なところで、工事がこれだけ進んできた段階で。

長い滑走がないとダメだという話が出てきたりするんですね、それが国連軍の対応がということで、できない理由がどんどん出てくるんですよ、こういったものに対して即座にこれは約束と違うということを、言える政治家がどれだけいるかというのがあるんですね、これは日米安保についてもですね、総理経験者がストレートに前に発言をしてますけども、日米安保があるからといって、日本を自動的にアメリカが守るとは思わない方がいいという発言までしてますね、そういう意味で日米安保そのものが変質をしている、あるいはもう時代に対応していない部分をどう変えていくかということも、日米関係の中で新しいステージを作って、新しい交渉の場を作って交渉していかなければならないと思っています、私この問題も含めて軍事的なものをですね、兵力を強化することではなくて、ヨーロッパはEUを作ることによってですね、経済連携を強めることによって、フランスやドイツやイギリスやフランスですね、兵力を高めて殴り合いの喧嘩をですね、最後の解決手段として教えるのか、それとも話し合いで解決をすることをですね、しっかりと教えていくのか、そういったところからするとですね、しっかりとこのステージが変わったことを見定めて、新しい提案をですね、それぞれが持ち合うべき、そんな時期に来ているような気がします、今井衣梨子さん、委員長ありがとうございました、時間も来てますので、最後にですね、川名参考人にお伺いしたいと思います、東アジアの安全保障環境が厳しさを増す中。

日米同盟と沖縄の基地が果たす役割は極めて重要です、しかしその重要性を理由にですね、沖縄に過重な負担というものを背負わせるということは、私はもう許されないのではないのかなと思っております、トランプ政権下の米国の基地政策の変化であるとか、そして今後の海外基地運用の見通しと踏まえて、米国にとってですね、沖縄の戦略的重要性というものは、今どのように評価をされているものでしょうか、川名参考人、はい 重要なご質問ありがとうございます、アメリカの大統領が変わるとですね 海外基地政策含めてですね、それなりに見直しが進むというのは これまでも繰り返されてきたところだと思いますけれども、これは兵力とですね 基地というのを分けて考えなければいけないと思っています、上物としての兵力というのはですね 割と柔軟に増えたり減ったりします、例えばドイツなんかで今トランプ政権がやろうとしているのも上物の兵力だと思います、一方で基地というのはですね彼らにとっての権利であって、今いらなくてもですねまた将来的に必要が生じるかもしれないということで、権利は取っておくというようなことをやります、ですから日本の場合もこれ沖縄もそうです、特に先ほど申し上げたように海兵隊は沖縄に既得権を持っていますので、彼らからすればですね例えば上に乗っかっている兵力は増減あると思いますけれども、その基地ということで言いますと彼ら沖縄にしか基本的には持っていませんので、この権利を手放すということについてはかなり慎重な判断がなされるだろうというふうに思います、したがいまして仮に返還ということになったりあるいは削減ということになったとしても。

おそらくアメリカ側が考えているのは自衛隊との共同使用だと思います、つまり自衛隊が代わりに使用し、いざとなればですね、海兵隊が戻ってきて使うと、このようなやり方というのは、70年代から一貫して日本本土でも取られているやり方です、例えば厚木とかですね、あるいは福岡空港、あれ板付基地でしたけれどもあれも日本に帰ってきてますけれども滑走路の部分は自衛隊と共同しようという形に実はなってますので、そのようなですね、この変換とか削減といってもやり方はバリエーションがありますので、そのあたりも我々は注視していく必要があるだろうと思っています。今井絵理子さん。ありがとうございます。改めて参考人の皆様に感謝を申し上げまして、沖縄の皆さんがですねやっぱり将来に明るい展望を持てるような沖縄の実現に向けて、普天間飛行場の1日も早い返還、そして技能案市民沖縄県民が安心して暮らせる、そういった実現に向けて私も努力してまいります、本日はありがとうございました、徳永エリさん、立憲民主党の徳永エリでございます、今日は佐紀真参考人前戸森参考人川名参考人、3名の参考人ご出席をいただきまして、貴重なご意見を賜りましたことを、まずは心から感謝を申し上げたいと思います、正直インパクトが強すぎてですね、もう自分が聞こうと思ってたことが薄っぺらすぎて、もう聞けなくなりましたのでぶつけていろいろ聞かせていただきたいと思うんですけれども、あのさっき参考人には立憲民主党沖縄協議会がございまして、毎年のように沖縄に行ってですね県連の仲間たちといろいろ現場を視察させていただいて、国防や基地の問題だけではなくてですね、離島の問題二次離島の問題あるいは一時産業の問題医療や介護の問題。

いろんな課題の解決のために取り組みをさせていただいているんですけれども、その中でもですねやっぱり長いことずっと協議をしてきたのは、この米軍普天間基地の一日も早い全面返還、そしてこの辺野古の新基地建設の問題、このことをずっと議論してまいりました、しかし先ほど前戸前参考人の方からですね、普天間基地返還は困難だと不可能だろうというお話がございましたので、だとしたら一体今まで議論してきたことは何だったんだろうということになるわけですね、今国会の中でもこの辺野古の基地建設に関しましては、与野党もそして野党の中でも対立分断をしているという状況でありましてですね、いつまで辺野古ごときの議論に時間を使っているんだ、何年やっているんだというお話がございましたけれども、まず毎度まで参考にお伺いしたいと思いますが、客観的にこの国会での我々のこれまでの議論をお聞きになっていてですね、どのように感じてこられたのかということ、先ほども少しお話がありますけれども、具体的にお聞きしたいことということと、それと我々はですねこれから国会の中で野党の立場で、政府に対して何を求めていったらいいのか、これまでは例えば辺野古に関してもですね、いつ完成するのかわからない、総工費もですねなかなか再試算をしてくれない、そして辺野古が完成したとしてもですね、果たして米軍が使ってくれるのかどうかもわからないし、米軍ステーマ基地が返還されるのかどうかもわからないと、この辺のレベルで議論してきたわけですけれども、そのレベルではないということが、今日改めてわかりました、そこでお伺いしたいと思いますので、よろしくお願い申し上げたいと思います、前戸森参考人、現実分離したP権というね、沖縄もよく言われたりしますけれども、プランだけのですねルーのない政治をいつまで続けるんだというのがありますね。

不転馬を見ている限りですね新しい施設がどんどんできているにもかかわらず、そこが変えるというふうなことを考えるのであれば、新しい施設の提供あるいは施設の建設を止めるというのは当たり前のことですね、しかしそれを誰もせずにむしろ思いやり予算で、このお金を出している部分もあるのではないかと思います、実際にこれまでの普天間の新しい施設の建設状況を踏まえて、どれだけアメリカが本気度を持って、普天間を返そうとしているのかというところを、確認をまずしてほしいと思います、それから軍事政策については、アメリカ側の意向が非常に強いので、日本はそれをサポートするような体制を、これまで戦後は取ってきています、敗戦国の悲哀を感じる沖縄でありますけれども、そういう意味ではアメリカの例えばヘリテージあるいはランドあるいはCSISという、戦略を考えている方たちに我々は沖縄からお金を出してもいいのではないかと思ったんですが、普天間を除去する方法についてアメリカのシンクタンクに頼んだ方が良いのではないかと思います、これはエイリアンをちょっと例え悪いんですが、エイリアンを体内から出すときに無理やり引きずろうとすると強い酸を出して宿死を殺します、しかしエイリアンが自分で出て行こうという時には、宿主も残っていますね、大臣にちょっと例え終わり、そういう意味ではアメリカ側がこの沖縄のことも考えながら日本の政治も考えながら、普天間を返す方法はどういう方法があるかということをアメリカ側にまず聞いてほしいと思いますね、その上で仕切り直しをした上で普天間を返す方法をアメリカの軍事シンクタンクにまず聞いてほしいと思います、それを踏まえた上で国会での議論をしてほしいと思います、敗戦国日本ができるのはその程度です、徳永英さん、ありがとうございます。さっきも参考にお伺いしたいと思いますけれども、米軍不定巻地の中に新しい施設が作られているというお話がございました。これはおそらく市長もお気づきだと思います。

この問題については国に対してあるいは米軍に対して、いずれ閉鎖をして返還をしてもらおうということを求めているわけでありますから、なぜその新しい施設を作るんだと、こういうことに対して抗議をするとか、国に対して抗議をすることを要求するとか、そういうことはされたことがありますでしょうか、佐紀真参考人、今年で30年ということでございますので、その間当然建物や道路滑走路なども当然のことながら老朽化するというのもあると思います、仮に滑走路の老朽化の中で凸凹ができた場合に万が一事故が起こった場合は、それは当然のことながら第3位になりますので、最低限の補修やそういうものは必要だと私自身は認識をしております、ただし査工合意というのは基地内移設、例えば普天間の機能を移させる、例えばキャンプショアキャンプキンザンでもそれは基地内移設なんですけども、基地内移設の新たな施設を作るというのは日米間で合意をされていると思いますね、そのあたりについては私はコメントを差し控えますけども、いずれにしても私どもとして30年待って、例えば今基地内にいろんな建物ができているといったとしても、これは将来的な当然のことながら国がしっかりと支障条件も含めて、いろいろとやり遂げるだろうと私自身は思っておりますし、そういう意味では最低限のことは国同士でしっかりと話し合いの中でやっていると思いますので、そのことについては公言は私自身はやったことがございません、徳永入さん、ありがとうございます分かりました、それから川名参考人にお伺いしたいと思いますけれども、先ほど普天間移設の筆頭要件、ここで国連軍の基地、これに指定される必要があるんだということをおっしゃいました、もう少し詳細を教えていただけるとありがたいと思います。

川原さん、後に、繰り返しになりますが、1996年の4月に日米はこの普天間返還について発表するわけですけれども、その直前の3月の段階でアメリカ側の交渉チームが大詰めの検討をやっていた、その時のアメリカの資料というのが公開されています、それによりますとカートキャンベルですね、国防次官補代理のおそらく文書だと思いますけれども、彼が用意した文書だと思いますけれども、その最初のところにですね、この私がお配りした資料の1ページ目の中ほどに、それを引用しておきましたけれども、読み上げます、普天間海兵隊飛行場が持つ軍事的機能と能力を移転するのであればですね、仮に移転するのであれば朝鮮有事、これが先ほど申し上げたコンティンジェンシーという言葉が使われていますが、コリアンコンティンジェンシーにおいて反撃の拠点となる航空施設として利用可能な、もう一つの国連軍基地ユナイテッドネイションズベースという言葉が使われますが、アメリカの海兵隊及び国連軍の参加国に提供されなければならないと、こういうふうにまずこれが挙げられているということであります、ですから辺野古の新基地も当然国連軍基地に指定する必要があるでしょうし、もし仮に辺野古の新基地の滑走路が短くて国連軍の参加国が使うには不十分だということになれば、またもう一本別の滑走路ですね、例えば那覇空港もこれもまた国連軍基地に指定する等のですね、措置が必要になり得るというのはこれを根拠にした推論になります、徳永エリさん。

このことに関してですね、知っている方もいらっしゃるかもしれませんけれども、私は沖縄協議会の中でずっといろいろと何年も議論してきましたけれどもこのことを今日初めて聞かせていただきましたこのことはどれだけの人が知っているんでしょうか皆さんご存知ですか、先生この点に関してはどのようにお考えでしょうか、川名参考人、はいほとんど知られておりません、ただアメリカ側はですね、今年の先日もですね5月だったと思いますけれども、沖縄のアメリカ海兵隊の司令官ウォルフォードさん、今交代しましたが、彼もですね長い滑走路問題に言及する際に、国連軍という言葉を使ってます、国連という言葉を使ってます、しかしメディアの側も我々社会の側も、それをキャッチできてないですね、それが意味することを我々認識していないのでですね、しかしアメリカはその言葉を使っています、我々の側に受け皿が用意されてないだけだと思います、ウォルフォードさんというのは前任は韓国の国連軍の計画作戦部長かなんかでしたので、彼は国連軍の重要性を最もよくわかっている人物、その方が沖縄に駐留していた司令官だったわけなので、当然彼はですねそれを示唆するんですよね、ですから我々の側にその用意がないということだと思います、徳永エリさん、このことに関してはぜひですね、防衛省と関係務省とまた我々教員会の中で議論してみたいと思っております、大変参考になりましたありがとうございました、それから経済の話に移りたいんですが、前の場に参考にお伺いしたいというふうに思います、沖縄のですね国に対する納税額なんですけれども。

これが2024年過去最高になりましたよね、しかし沖縄振興予算がですね、毎年どんどん減らされていっているという状況になっております、沖縄関係予算2024年には2678億円ですから、納税額が5285億円ということで約2倍になっているんですよね、沖縄関係予算は各省庁にまたがる予算を、内閣府がまとめて予算付けする一括計上制度など、他の府県にないことなので沖縄が優遇されているとか、その基地負担の見返りだとか、いまだにそういうことを言う方がいらっしゃるんですけれども、決してそうではないと、沖縄経済は基地に損しているわけではないんだということが、この数字から多分わかるんだというふうに思います、実際には県内の経済の好調背景に税収増ということでありますが、これがですね沖縄県が私は国に貢献しているという意味だと思うんですね、しかしですね経済は良くなっているかもしれないけれども、相変わらず県民所得は全国の最低水準ということですし、あと子どもの貧困率これも今3人1人ですから29.9%ですよね、それから非正規で働いている人が多いとか、いろんな課題を抱えているわけでありまして、これだけ国税収を収めているわけですから、やっぱりそれなりに国からしっかり支援をしていただいて、沖縄の多くの課題を解決する、そういった取り組みをですねやっぱり国がしっかりしていただきたいというのを思うんですけれども、この国からの関係予算に関して前戸前参考人どのようにお考えでしょうか、前戸前参考人、一応経済学部長ですので経済の話をさせていただきますけれども、復帰後ですね沖縄が米軍統治から日本になって。

その際にですね自立経済という言葉がですね沖縄に落とされました、政府に依存しないで自分たちでですね生きていく力を身につけるという、そういう意味では自立経済あるいはその格差是正ということで、本土の平均と沖縄がですねどうも乖離しているというようなことで、所得についてもですね伸び悩んでいる部分あります、全国最低のままなぜ沖縄は54年間も放置されているのかという、その議論についてもですねぜひ改めて議論させてほしいと思いますけれども、復帰時にですね沖縄の基地依存度というのが15.5%というのがありました、財政依存度がですね23.5%です、合わせるとですね39%この財政依存と基地依存をどうクリアするかというのが課題になってきたわけですけども、直近の数字で令和4年の数字を見るとですね基地依存度は6.4%まで落ちていますけども、財政依存度は43%に上がっています、これどういうことかという49%39が49自立経済に逆行してるんですねこれ自立するためのですね制度が作られていないのではないかというのがありましたこれ復帰前後の今調査研究してますけども、復帰の時にですね、石油の4大石油メジャーが沖縄に入ろうとしたんですが、これについては当時の通産省がダメだということで、入ってきてもですね、輸入制限を加えますよというようなことで弾きました、アルコアというですね、アメリカのアルミ産業が入ろうとしたんですね、これは数千人の雇用が実現できるんじゃないかと期待されたんですが、日本国内のアルミ産業の反対によって通産省がこれを止めています、もう一つ実は知られていませんでしたけれども、その時の通産省の担当係長が細田さんという方でした、彼にインタビューを彼が担当だというのでインタビューをしていただきました、その際にですねあの企業なぜ沖縄に入れなかったんだと、沖縄が自立するチャンスだっただろうと言ったらですね、いやあのテキサスインストルメントの話かということで新しいのが出てきました。

これ半導体企業です、これも沖縄に入ろうとしたのを実は彼はノーと言ったんですね、なぜかと、大の虫を生かすために小の虫が犠牲になるのは当たり前だという発言をしています、こういう発言を聞いて非常に熟じたる思いを抱きました、沖縄は何なんだというようなことですね、沖縄だけが発展するような政策はこの国ではもしかしたら阻止されているのかという、例えばこれは太田建成時代にも全県FTGの構想があったり、あるいはカボタージュの規制の撤廃88の規制撤廃を打ち出しましたけどことごとく役所からできないという返事をいただきました、ところが小泉内閣になったらこれを全国にばらまいて規制緩和特区を展開をしています、そういう意味では一国二制度ではなく一国多制度でこの国の地域のですね活性化を図る、その中で沖縄も発展をしていくということを再度提供していく必要があるのではないかというふうに思っています、基地が不経済ということはもう皆さんもご存じだと思います、普天間基地1ヘクタールあたりの稼ぎ120億を割るとですね1ヘクタールあたり2000万円ぐらいです、ところがフェンスの外側のビノワン市のこの民間地域の1ヘクタールあたりは1億4000万の稼ぎを出しています、そういう意味では基地がいかに不経済かというところでは今後10年あるいは12年、この一筋利益が一中円を超えてくる、普天間にとっては非常に財政的にも大きな損失になっているというところを、議論のもう一つの焦点にしてほしいというふうに思っています、徳永理さん、もう終わりますが、沖縄県が12年ぶりに米軍基地返還後の跡地利用に関する経済効果調査を行うということです、おそらく相当大きな経済効果があるという数字が示されると思います、だからこそやはり基地の返還というのは急がなければいけないし、返還ができないとしたらどうすればいいのかということは、真剣にフェーズを変えて考えていかなければいけないのかなということを。

今日の話を聞いて思いました、またしっかり取り組んでまいりますので、今後ともご指導よろしくお願い申し上げます、ありがとうございました、浜口誠君、国営民主党新緑風会の浜口誠です、今日は3人の参考人の先生方本当にありがとうございました、大変率直かつストレートなですね、ご提言もたくさんありまして、大変刺さるお話も多かったかなというふうに思っております、本当にありがとうございます、まず毎度まで参考にですね、先ほどのお話の中で、アメリカと交渉できる政治家はいないじゃないかというですね、お話もありました、一方でこれまでですね、基地の返還不天間だけではないと思いますが、日本政府としてもですね、米国政府と向き合ってきたというふうに思っております、その中でですね、まだまだアメリカとの交渉を含めてですね、十分ではないというのが、前止まり参考人の受け止めだというふうに感じておりますが、歴代の政権をですね振り返った時に、参考人としてどのような評価をですね、されているのか、この政権の立ち位置、それがこれからの日本にとって、必要なのではないかというような、視点があるのであれば、ぜひどこまで遡るかというのは、参考人にお任せしますが、歴代の政権を振り返って、こういう姿勢でいくべきだという、ご示唆があれば、ぜひこの場で、ご開示いただきたいなと思います、前止まり参考人、どこまで遡るかというところでは、例えば日米安保を、結んだ吉田茂さん、彼は安保に対しても非常に最初は消極的だった、しかし講和条約を結ばなきゃいけないということで、講和の準備ができたということでアメリカに行った、そしたらその時にその場でですね安保条約を渡されてこれを一緒に結べとそうでなければ講和なしだよと脅されたという話も聞いていますその際に講和については一緒に行ったメンバーが全てサインをしてますけども。

安保については私一人でいいと、他は傷つくことになるからいいということで、まさに英文をその場で手渡されて、その翻訳すらも十分にできないまま、サインをさせられた日米安保条約、こういった歴史があったようです、しかしそれを覚悟を持って受け入れて、そしてその後海底までですね動いていくという日本政治の流れがあったと思います、そういう意味では自分が勝負ということを覚悟を持って吉田茂氏が発言をし、そして自分だけは署名したというところでは、全ての責任を勝負という覚悟を持った政治家がいたのかなと思います、それから普天間返還に関してはですね、私も個人的にもいろいろ問題検討をしました、橋本龍太郎さんという方がいます、彼は何度か近くの寮とでも踏み込んで話をしたことがありますけれども、彼は沖縄の怒りを鎮めるために策合意というものを実現をしていきます、その際に11施設の返還これを当時の太田知事に伝えていきますけれども、普天間を返せるというのは非常に誇らしくそして直接電話で知事に伝えています、ところが裏側ではですね実は彼は非常に真面目にしていたと、普天間を返すというのはもう無理じゃないかあるいは返さない方がいいのではないかというふうに考えていたようですが、沖縄の県民の怒りをですねもう見てですね、この怒りが私の背中を押してくれたという話をしていました、クリントン大統領と会った時にですね最初にこの普天間の話を出そうと覚悟を持って行ったようですけれども、言えずにこの会談が終わろうとした時に、不満そうな顔をしているクリントン大統領から、何か言い忘れてないかと言われて、不天満を返してほしいという話をしたということを、ご本人から聞きました、そしてそれはですね、沖縄県が出していた基地返還アクションプログラムというのがありました、95年に策定されましたけれども。

2015年までにカデナを含む全基地撤廃計画です、その計画の中でオーロラナッシングになるよりは、そこに問題を提起できるような総理を排出をしてほしいというふうに思っています、濵口誠君、ありがとうございます、本当に率直なご意見をいただいたなというふうに思っております、ありがとうございます、一方で前どもれ参考人の資料の中には、地域応答を阻む8つの壁ということで記載されていますが、その一番手にですね国民やメディアの無関心という点が指摘をされています。

5ページのところにですね無視無関心の壁ということでですね書かれてますが、この国民のですね無視無関心大きな課題だと思っています、前田真理参考人としてですねどうやればこの壁をですね乗り越えられるのか、参考人のですねお立場でこれはもっとやるべきなんだというご意見があったらですね、ぜひお聞かせをいただきたいと思います、前止まり参考人、質問ありがとうございます、横にですね帰国法原理と領域主権論というのを2つ並べました、これは帰国法原理というのはアメリカ人にはアメリカの方しか適用できない、アメリカ軍にアメリカの方が適用されるという、そういう読み方ができると思いますけれども、旗の国の原理ですね、領域主権論というのがあります。これは5に行っては5に従うという。これ誰が書いているかというとアメリカ軍のですね、実は軍事マニュアルの中にも、あるいは国務省の地域予定調査報告書の中にも、もう帰国法原理は古い。

もうすでに領域主権論の時代なんだと。そうでなければ同盟関係が危うくなるということを指摘しているんですね。これ沖縄県の調査でも明らかになっています。そういう意味ではいつまでこの帰国法原理、アメリカ人にはアメリカの法あるいはアメリカ軍を日本の法でさばいたり、あるいは規制したりすることがなぜできないのかという、こういった問題をですねやはり敗戦国としてまだ引きずっているのかどうか、国民全体が例えば具体的な事例として爆音訴訟があります、爆音訴訟では辞任言動を超えている爆音だということを裁判所は認めています、ところがその解決策としては、賠償金を払ってあげるという、そういう話ではないですよということを、原告が訴えているんですね、ところがそれに対しては第三者行為論、アメリカ軍に対しては我々は、司法を及ばすことはできないという、そこでできるのは賠償金を払うだけです、賠償金です、これはいじめがひどいからと訴えたらですね、ああそれひどいねと、受人限度を超えていると、じゃあ賠償金取ってあげるよと、いやいやそうじゃなくて、いじめを止めてほしいんです。無理です。有力者な子供ですから止められませんという。

こういう状況を放置国家とは言わないんですね。これは問題を放置する放置国家だと何度も言ってきました。この国はいつまで放置国家を続けるのか。そろそろ法律でしっかりと治める国になってはどうかという話をしています。具体的なこの事例で言うと、北方領土問題でも同じように、安倍さん一生懸命頑張ってレジェンダーを作りそうな時に、二党返還をまず実現しようとした時に、この地位協定第2条、これ機密文書の中に出てきますけれども、返すというか、北方領土を返す時にですね、事前にこの北方領土返された北方領土に基地を置かないという約束は、安保上できないということを書いてあるんですね、正しがきに、このことをプーチン大統領から指摘をされました、返された後に基地を置くようなところを返還するわけないだろうということで、頓挫をしています、日本の外交権すらも地位協定ごときで縛られてしまっているというのがあります、こういった事例も挙げるときりがないんですが、そういったところをしっかりと国民に伝えることによって、国民が関心を持つ、爆音訴訟を一つ抑えることができない、離発着を制限することもできない、騒音防止協定すら結ぶことができていない場所もあるということを伝えて、この国の今東京も含めて、横田ラプコン、関西圏すら首都圏の、関西圏を、多国軍隊に握られていること自体が、この国にとって本当に、いいことなのかどうかということも、含めて国民に知らせてほしい、というふうに思います、そのあたりの議論をぜひ国会で、踏み込んでやっていただければ、国民も目が覚めるのではないかというふうに、思っています、濵口誠君、ありがとうございました、続きまして先ほど参考人の方に、お伺いしたいと思います、跡地利用のところですね、先行モデルとしていろいろ取り組まれて、先ほどのお話の中には、沖縄医療健康医療拠点としての。

開始が行われたということが、お話ありましたけれども、今後ですね、この跡地利用に対して、市長というお立場で、どのような先行モデルとして、取り組まれていこうというお考えがあるのか、その点についてですね、お伺いできればと思います、佐紀間参考人、ありがとうございます、医療拠点いわゆる沖縄健康医療拠点というのは、普天間ではなくて西普天間住宅地区での、GQ大学の医学部そして病院が開院開学したということでございますし、今は宜野市と浦添市と那覇市並びに経済界が今やっているのが、ゲートウェイ2050というような、プロジェクトというのがございます、それはそれぞれの地域にある米軍施設が返還されることを見越して、その返還跡地をいかに個性を出しながら有益的につなげていくかということを、テーマに今進んでいるところでもございます、さらには那覇空港の拡張あるいは拡充を含めてですが、そういう中で今三市と経済界が取り組んでいるのが、2050のプロジェクトでございますし、また私どもとして今国や県議員のマンシュの中で、先ほども陳述の中でお話ししましたけれども、令和9年度目途にですね、中間取りまとめを行っているところでございます、ただやっぱり厚立利用というのはですね、かなりの時間が必要でございます先ほど西二重町住宅地区の話をいたしましたけれども、返還されて10年ぐらいは経って初めて医療拠点が開院しましたので、それの10倍近くある普天間飛行場というのは、滑走路や建物などを含めて支障除去をしながらも、試験者の保障などを含めてやらなきゃいけない。

中でも計画的にやるためには予算というものもございますので、そういうところはやはり国の方でもしっかりと考えながら支援をしていただきたいと思いますし、時間と予算というものの中で我々として心配するところがございますので、ぜひ先生方のおかれましても跡地利用というのは、次の世代へとしっかりと我々がバトンタッチをしなきゃいけない、大切な財産でありますので、私どもが今考えるようにも次の世代が、まさに沖縄が日本と世界をつなげるような跡地利用としての、青写真というものを描いていただきたいと思いますけれども、今申し上げたように跡地の量については、ゲートウェイ2050プロジェクトというものが、多分ほのぶと方針にも入ると思いますので、そういう意味では非常に期待をしたいと思います、濵口誠君、ありがとうございます、しっかり我々の立場で応援できるところはですね、応援をしてまいりたいなと思います、最後川野参考人にお伺いしたいと思います、先ほどのお話の中にですね、海兵隊の海外基地のですね、30あると26が沖縄にあると、沖縄から撤収すべきであるとこういう計画が立案されていた時に、彼らがどのような理由で沖縄からの撤退に反対したのか、それについてご紹介をいたします、一つは地理の問題がやはりございます、沖縄の地理的位置がインド洋にも近く朝鮮半島にも近く。

そして台湾海峡にも近いということで、沖縄海兵隊全体をアメリカに戻すということを彼ら考えていたので、アメリカというふうに一口に言った時にですね、軍の考え方とそれから国防総省の中のいわゆるこのスーツ組ですね、背広組では随分考え方が違うのでですね、そこについて我々は気をつけなければいけないと思います、もう一つはですね使い勝手の問題です、これはもう間違いなく沖縄におけるこの海兵隊のキャンプバトラーというですね、全体のことを言いますけれども、これがいわゆるこの滑走路があって、そして司令部があってですね、そして路地機能ですね、これが近いところに、要は手の届くところにですね、全部揃っているという意味において、非常に使い勝手がいいと、これもまた間違いないと思います、しかしこれは徐々に徐々にですね、彼らが近場にですね、必要なものを置くようになってきた、歴史的に考えれば、最初からそうだったわけではなくてですね、例えば普天間飛行場というのはもともと空軍の基地で、空軍はいらなくなったということで海兵隊が引き継いだと先ほど申し上げました、そのような形で飛行場のような重要な軍事拠点がですね、一個ボンと置かれるとですね、それに吸着するようにですね、その他の様々な機能が近くに寄ってくるんですね、この半世紀の日本におけるこの海兵隊の歴史というのは、まさに彼らが必要とする機能を沖縄に吸収していく近づけていく、ですから今日海兵隊にとって極めて使い勝手の良い基地。

機能的にも使い勝手が良いしまた法的にもですね、日米地位協定で排他的な管理権が彼らに与えられていますので、そういう意味での自由度も非常に大きいと、したがいまして海兵隊からすると世界的に数がただでさえ少ない、使い勝手がいいということで、沖縄は重要であるというふうに考えるのは、極めて自然なことだと思います、濵地誠君、はいありがとうございました、引き続きしっかり我々は取り組んでいきたいと思います、ありがとうございます、久保田哲也君はい公明党の久保田哲也です今日はありがとうございます。3人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。私も議員になる前は、工名新聞の記者を長くやっておりまして、20代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあのギノマンでの集会8万5千人、あの日のこともよく覚えております、2004年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜東島にいたんですね、被害を指引を県政策産業と一緒でした、もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば、日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をされたその瞬間にヘリが墜落していたんです、すぐ私、向かいました、米軍がヘリの残骸をローターというか羽を持って幼児園の近くを歩いている姿も鮮明に覚えておりますし。

その事故の日のことをとてもよく覚えております、30年経っても天魔が動かないということは沖縄に関わってきた一人として、そしてまた今この席に座っている者として、とても重い宿題を背負ったまま生きているんだなということを、今日改めて実感をした次第であります、最初に前止まり参考人に伺いたいと思います、どうもちろん今この状況の中で、学生の皆さんのお話もされました、諦めのことになりつつある、この普天間があるのが当たり前で、そういう感覚に陥るのではないかというふうに感じますけれども、これから私ども本気でもう一段ギアを上げて、我々政治家が先頭に立って、改めて日米交渉というもののありようを問いながら、この問題を進めていかなきゃならないと思っています、一つ先ほど米軍シンクタンクに考えさせるというのも一つだということをおっしゃいました、サク2サク3そうしたものを作り出していく、そういう構想力も必要だと思います、具体的にこれから一日も早い普天間の返還を目指していく上で、具体的な提案がございましたらお聞かせいただきたいと思います、前田麻里参考人、これは柵合意そのものの11施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります、私もキャンプ金沢、例えば金沢は補給基地なので、比較的今補給場所はカデナの中にも柵合意を作っていますので。

返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね、11施設の返還がちゃんと柵防衛が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います、不天満については先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後アトリオのためにも必要だというところでですね、330と58号の間のトンネルぐらいは掘ってくれということを言っています、そういうことでですね返すつもりでちゃんとアトリオが始まっているんだということをですね、次の世代にメッセージとして送ることが大事ですね、これは何を言ってもアメリカに行っても変わらないよという思いが、ものすごく国民の間にも広がっています、特にトランプ大統領が誕生して、アメリカの議会ですら操縦できないような大統領の存在をどうするかと、こういう人をじゃあ日本の政治家が動かせるのかという話になると、残念ながら期待感がないというところがありますね、そういったところではまずはできるところからしっかりと返していく、辺野古一つにしてもこれを本当に必要なのかどうかの議論をしっかりしていただいた上でですね、返せるところ例えばキャンプ金座、脇船と補給基地についてはもうアトリオ計画もしっかりできてるんですよね、それから返されることの経済効果も非常に大きいですし、我々の今日ちょっとこれは理事としての発言ではありませんと前をお聞きしますけれども、沖縄国際大学はあと10年間12年間、あの危険だと言われている普天間基地の横にいつまで置き続けるんだというこういう問題提供したいというふうに思っています本当に危険だと世界一だというのであればこの国として沖縄国際大学を移転するぐらいの計画ぐらい立ててほしいと思いますね、なぜ危険なところに学生を放置しているんだと、この国は守るつもりがあるのかというような思いです、そういう意味ではキャンプ金沢、これは今日お互い市長はいませんけれども、金沢にはですねビーチもあります、そのビーチがあるところにですね。

それこそ小学校からはもう子どもたちの姿も消えているという、もういなくなるのであればそこを開け渡していただいて、それこそ沖縄国際大学の文校でも作って、最終的にそこにですね沖縄の大学5つの大学を、そろそろ250校がですね廃校になるというような話も、大学トータの話も出てきていますけれども、新しい大学の形をですねキャンプ金座で展開をするという、そういったところで夢を描けるような、そういう政治家たちが出てくれば、次の世代もこの返還の問題にですね、監視を持って動いてくると思います。そういったところで言うと、今、金沢の返還の問題も含めて、できるところからまず、この軍事的な問題をですね、クリアしているところからまず返していくという、そういうところで、それから普天間についてはですね、返す前にもアトリオのですね、スタートをしていくという。佐川市長の尽力でですね、この我が大学の間にあるですね、バイパスがですね、この普天間まで伸びています、これ通勤通学ではものすごく改善をされてですね、交通渋滞の解消にもつながっています、それまで市長ありがとうございました、そういうことをですね、しっかりとやっていけるという、政治家がいるというところはですね、できるんだというところを見せていただければ、トンネル2つぐらい掘ってください、その施設は日本のものとして使えるような、そういった形の返還のあり方についても、工夫を凝らしてほしいと思います、ぜひそういった計画は我々大学としても。

いくつか作っていますので、また次の機会にご紹介をしたいと思います、久保田哲也君、具体的なご提案をいただきましてありがとうございます、市長に佐紀真参考人にお伺いしたいと思います、この普天間飛行場を抱えている様々な問題もある、そういう中で舵取りをしていくのは大変だと思います、この1日も早い返還に向けてです返還、そして期日を決めていく、そういうことに対しては、やはり市民の世論関係が盛り上がっていく、ということはとても大事だと思うんですね、市民が一体になってワンボイスで早期返還期日を決めろと、そして今後藤谷にもあった、返還前でも目に見える形で返還が進んでいるんだということを、政府に求めていくことがとても大事だと思いますけれども、市民を一つにしていく世論喚起をしていくということで、具体的にどのようにお考えをされているのか、ご意見を伺いたいと思います、佐木真参考人、ありがとうございます、まさに30年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります、一方で我々としてはやはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その後治療をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます、そういう意味では市民のみならず県民も含めてですけれども、この問題を若事のように感じ取られるような、いわゆる環境を作っていくのも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように資料でも皆様から提供してございますが、今年の7月26日にもう待てない全面返還合意から30年という、ある意味全市民を対象に一度に返して。

我々は不天満育児工場が早く返還をしてもらいたいという、気持ち一丸となって取り組むということの意思表示というか、行動を起こすという意味でのチーム技能は結成式及び、共同要請行動出発式を1時30分の会場の中で、開始が2時ということで26日日曜日ではございますけれども、行っていきたいと、そこにはですね技能話しそして市議会、主だった技能話しの団体10団体プラス、様々な小さな団体も含めて、団体近くの賛同の団体がございますので、ある意味そこを踏まえながら、ぜひ先生方何度も申し上げますけれども、30年という時間軸はもう戻ってこないですね。30年前に生まれた子供たちはもう30歳。じゃあこの問題はいつ解決してくれるんだと。我々は悪者を起こしたとしても、国と国との条約でございますから、しっかりと国同士でこの問題を共有してもらって、あるいは国会の中においても、例えば今参議院のお局のメンバーの皆さんのおかげで、条件付き返還であるということの理解のもと、どうしたら早く返還できるかということの中で、我々と同じ価値観と同じような方向で、ぜひご理解をしていただきまして、この返還をした後には素晴らしい跡地がつながっていくんだと、それこそ沖縄にとっても日本にとっても、そしてアジアにとっても極めて重要であり可能性を秘めた、私は跡地利用だと思いますからね、そういう歴史をですね、私どもとしてしっかりと取り組むと、そして私たちが生きている間に跡地利用がですね、できればいいんですけども、先ほど申し上げたように西普天間住宅地は10年かかりました、普天間飛行場はその10倍ございますので、まあ先生方も長生きしていただけば、その跡地が間違いなくお互いの中で、携わりながらあるいは目に見えて実感できると思いますから、一日も早く返還することをですね。

技能話としても取り組みますけれども、ぜひ先生方におかれましても、各生徒も含めてですけれども、我々と同じような行動であり、価値観を共有していただきたいと、お願いというか、ぜひお願いしたいと思います、以上です、委員長、久保田哲也君、知事の技能案の取り組みをですね、しっかり後押ししてやってまいりたいと思います、川名参考人に伺いたいと思います、今のアメリカのこの状況を見ておりますとですね、果たして我が国がこのままアメリカのこの日米関係を今のまま続けていく、先ほどの地位協定の話も申し上げましたけれども、そのような関係を続けていくのが果たしてですね、我が国の本当のためになっているのかということを、もう一回考えな再設定していくというかですね、当然我が国の中国北朝鮮ロシアというこの中での関係ではありますけれども、きちんとアメリカとの関係を日米基軸ではあるけれども、果たして今のような日米地位協定を変えることもできない、そういう関係でいいのかということを問いかけていく、疑問に持っていく、そういうタイミングでもあるのではないかというふうに、私は個人的に考えています、我が党もですね、北東アジア安全保障対話協力機構、こうしたものも提案をさせていただいております、その辺ですね、安全保障の捉え方ということでの日米関係の再設定再構築というかですね、それについて何かご考えがありましたら伺いたいと思います、川名参考人、はいおっしゃる通りだと思います。

再設定というかですね我々が認識を新たにすべきところがあるとすればですね、先ほど申し上げた国連軍の枠組みは、これは1950年の段階からですね、つまり日本が主権を回復する以前からですね、この枠組みはあったし、日本は国連軍地位協定も結んでいます、それからこの西太平洋地域において、アメリカが重要視している、例えばフィリピンとかですね、オーストラリアとかニュージーランドとか、あるいはかつては台湾そしてもちろん韓国、こうした国々とアメリカが締結しているいわゆる軍事同盟相互防衛条約というのは、その対象地域を西太平洋あるいは太平洋というふうに表現しています、つまりこの西太平洋や太平洋の中には日本が入っているわけです、したがいまして日本にいる例えば沖縄にいる米軍が外部から攻撃を受けた時に、当然ながら日米安保どうするんだという問題がありますけれども、アメリカからすればそれは日本だけの話ではなくて、韓国との同盟が起動する、あるいはアンザスオーストラリアとの同盟が起動する、フィリピンとの同盟が起動するというそういう話なんですね、ですから我々はずっとそのアメリカだけを見ているわけですけれども、アメリカは日本だけを見ているわけではない、この西太平という面でですね彼ら考えていて沖縄で何かがあれば日本以外の国々が駆けつけるようなですねそういうような枠組みをずっと維持してきたわけなんですですから日本だけがですねその観点を持っていない、したがいまして今トランプ政権がヨーロッパ含めてですね、ある種の引き、彼らの言うある種の文老主義というかですね、西半球に回帰するようなそういう素振りを見せている時だからこそですね、日本人我々もですねアメリカがいかにして同盟国を防衛するのかと、防衛といった時にその中身は一体何なのかと。

そして条約つまり契約書ですけれども契約書をもう一回引っ張り出してきてですね、そこに一体何て書いているかということについて再点検する、非常にいい機会だというふうに私は思っています、久保田哲也君、ありがとうございます非常に参考になりました我が国の安全保障外交をですね、やはり沖縄問題というのはないがしろにできませんし、厳しく我々は向き合っていかなきゃいけないと思います、今日は大変ありがとうございました、青島健太君、日本維新の会の青島健太と申します、参議院の参考人の皆様今日はありがとうございました、お隣の久保田委員は長らく沖縄で記者として大事な場面歴史的な場面をずっと目撃してきたという中で今お尋ねがありました、私の場合は前職はスポーツの取材者でありましたけれども沖縄は大変スポーツ盛んなところでありましたので、私も30年来毎年のように何回言ったか覚えてないぐらいお邪魔をさせていただきました、私がやっていた野球はもちろんですけれども、ゴルフ、バスケット、あるいはハンドボール、あるいは空手、沖縄には本当に素晴らしいスポーツがあって、またこの委員会室には芸能でご活躍の方もいらっしゃるけれども、いずれにしても沖縄、若い方々が本当に夢を持って躍動しているという場面を、私取材させていただいたのは大変光栄なことだし、ありがたいことだなと思っておりました、とりわけ野球のキャンプのシーズンには、今日市長いらっしゃっていますけれども、技能案はベイスターズが長らく拠点を構えています、私のフルスのヤクルトは裏添えでやらせていただく、プロ野球は全て沖縄のお世話になっているという現状であります、そういう中で私はスポーツというものは。

あるいは子どもたちともう少し広げてもいいのかもわかりませんが、沖縄においてはある意味では、いい意味で守られてきている部分もあるのかなと思っておりましたが、それは本当に幻想で、またあまりにも楽観的な沖縄の見方なんだなというのに、つい先立って気がつかされました、去る3月の6日でありますけれども、名護市の巨田の野球場ですね、報道によれば夜9時頃だという報道でございますが、普天間基地所属のUH1型のヘリコプターが、野球場に不時着をします、沖縄にいらっしゃる方はお分かりだと思いますが、8時9時でも沖縄は明るいですから、子どもたちその時間でも野球の練習をしていたようであります、そこにヘリコプターが不時着をしてきて、何の知らせもない中で子どもたちは自分たちで気を利かして、自主的に避難をしたというふうに報じられております、9時ごろに降りたヘリコプター、野球場に降りたヘリコプターは10時40分頃飛び立って、15分ぐらいかけて普天間に戻ったということのようであります、幸い大きな事故にはいたりませんでしたが、私この出来事がスポーツ取材していた、また自分が野球やっていたということも含めてですね、極めてある意味で象徴的でしいろんなことを考えさせられる、出来事かなというふうに思っておりますので、今日はこれを通じてまず3人の参考人の方にですね、これから付随するお話を伺えればというふうに思います、まず前止まり参考人にお伺いさせていただきます、今日は日米地位協定のお話も一緒にありますが、地位協定に大変お詳しい前止まり参考人からするとですね、こういうこれは不時着ということで何も起こらなかったんですが。

こんなふうにですね、子どもたちが野球をやっているグラウンドにヘリコプターが降りてくる。こういう出来事をどう捉えたらいいのか、なぜこういうことになるのかというところをちょっとご見解いただけますでしょうか。前田麻里参考人。不時着事故でいうとですね、多い時はもう100件、200件も起こっているんですね。こういったものが表に出てくることがないのであまりピンとこないかもしれませんが、墜落事故が一件二件起きる前にはですね不時着事故が200件あるいは150件とか250件とかいう形で起きてるんですね。こういうことが起きていること自体がやっぱり知られていないというのがあります。それからCH53、沖縄国際大学も墜落をしましたし、北部の訓練場にもですね、不時着炎上しています。こういったものを見るとですね、実はこの老朽化が激しい、CH-53に至ってはですね、もう次のCH-53DからEになって、その後Kを投入しなきゃいけないのに、軍事費を削っているために、それが投入できないという、アメリカ側の事情もあるようですね、そういう意味では老朽機を、沖縄で運用されていること自体を、まずチェックをしていく必要があるのではないかと思います、部品すらも供給が止まっているような、CH-53がいまだに飛び回っているというそんな状況ですね、これをしっかりと抑えた上で安全性の高いものを少なくても、この市街地のど真ん中にある基地で運用すること自体を止めることすらできていないということを、気がついてほしいというふうに思います、それから運用の面でもですね、実はオスプレイについても整備が十分にできていないんですね、これは1000カ所ぐらいもう不具合があるということは、リボロさんという開発担当者の方からも話が出ていましたけれども、これを日本側も買ってくれれば、それこそその中で日本の技術でですね、開発をして改善をしてくれることもあるんじゃないかと、期待感もあったという最初の話は聞いてますけれども。

実際に噴射していたものを横にずらしてですね、火事が少なくなったという話もありますけれども、基本的にですねやっぱり欠陥期だと言われるものをですね、それを市街地のど真ん中にある基地では運用しない、あるいはオスプレイに至ってはですね、アメリカでは30分以内に基地に戻れるようなところでしか運用しちゃダメだという、そういう基準まで作られているのは日本では当たり前に日本国事を飛び回っているという、こういったダブルスタンダードの運用の仕方についてもですね、この国のチェック機能はどこで働いているのかというのがあります、それから子どもの関係でいうと、普天間大理小学校にヘリの窓枠を落ちた事件事故がありました、ヘリが来ると退避ということで学校の中に逃げる、そしていなくなると退避退避ということで、こういう監視員を置くことしか日本にはできないのかという話をしたら、次にできたのが新しいシェルターを作ってくれました、ヘリが飛ぶときにこのシェルターに避難をする、これがこの国ができる国民を守る方策、日米安保で駐留しているヘリの管理すらも、飛行ルートすらも変更させることのできない、総理だったことがその時に明らかになって、日本政府が許しているからあるいは抗議しないからと思ったが、日本政府にお願いをしてもできないことが分かったというのが、当時の尾長知事の嘆きでした、そういう意味ではもっと運用されている戦闘機や、このヘリコプターのこの欠陥の問題あるいは整備状況についても。

時々は左札をするぐらいの管理制度を敷いてほしい、それから飛び回る時に許可制度をですね、イタリアやドイツでも取っているのになぜ日本はそれができないのかという、この地位協定上のですね同じ敗戦国なのに運用上の違いが出ているのはなぜかという、この国のですねやはりこの主権をしっかりと行使できるような政府を、そういう対応ができるようなですね政府にしてほしいというふうに思っています、青島健太君、日常的にそうした危険と向き合っているというお話よく分かりました、私も沖縄国際大学の門のところを立たせていただきました、今何もない本当にとこですが、街のど真ん中だという大変なところだなというのも見てまいりました、続いてかな参考人に伺います、世界で一番米軍の基地があるのが沖縄でありますし、また米軍の基地をずっと研究していらっしゃる立場で、ちょっと象徴的な場面として私挙げさせていただいたんですが、子どもたちが野球やっているようなグランドにも、軍の飛行機が降りてくるという、こういう事態って世界的にも許されるのか、あるいは米軍がいる限りこういうことはやっぱりあるのか、この辺りはいかがなんでしょうか、河村参考人世界的にはもちろん非常にレアなケースです通常はですね 市街地にはやっぱり飛行場というのは設置しませんし、むしろ例えば砂漠地帯とかですね、民間人との接触がほとんどないような場所においてですね、米軍の飛行場というのは運用されるものです、冷戦期に例えばスペインのマドリードにもですね、飛行場があったんですけども、これやっぱりものすごく不人気でですね。

結局米軍は撤退することになります、ですから市街地の飛行場というのは、アメリカもですねそれが問題であるということは、従々承知していますし、重大事故が起きればですね、その基地飛行場だけではなくて、例えばそれを規定している法的根拠である、日本の場合であれば日米安保条約みたいなですね、そういう上位の条約にも影響が及ぶということは、彼らはこれまでも経験してきてますので、避けたいというふうに彼らは考えています、ですから日本がアメリカとの同盟関係を重視し、昨今の安全保障環境に照らしてですね、やはり米軍のプレゼンスを重要だというふうに考えるのであれば、米軍は那覇空港を何となれば使うことができます、しかしその実績はありません、それは今の玉城デニー知事もそれを認めていませんので、政治的には非常にセンシティブでありますが、しかしながら市街地に飛行場を2つも、軍用の飛行場を2つも設置しているわけですから、そのようなシビアアクシデントですね、重大事故を避けるという意味で、じゃあもう1本の飛行場である那覇空港を、依然としてそれは改善されていないという現状があるようでございますが。

佐紀真市長にお伺いをいたします、宜野湾市の25%が普天間基地、キャンプ付け欄も入れると29.4%がその基地で占有されているという、非常にまた難しいというか大変な姿勢をお預かりでいらっしゃるかと思います、すぐ、てか名古屋でもこういった不時着がある事故にはいたってませんが、様々なご苦労があるんだと思いますが、市政の中で今この一番も苦心されている、基地を周辺、基地に関することで苦心されている行政、市政、運営というのは、どのあたりにおありなんでしょうか、佐紀真参考人、ありがとうございます、資料として私どもが提供したこういう冊子があると思います、そのページをお開きになっていただきたいのですが、4ページ、これが銀河市の全体像でございまして、まさに町のど真ん中に不定前工場があり続けていると、そのうち次のページになります、その周辺には国際大学あるいは不定前第二小学校を含め、銀河市には9つの小学校と4つの中学校、これは公立ですから私立も含めるとはそれ以上になりますが、中でも8ページ、私ども人口ミスロは5063名キロ平均ですけども、これは当然基地を入れての人口ミスロですから、基地には地の足に住むことができませんので、その基地の名付けを抜いた場合には7171名という、これは東京の人口ミスロも超えているんですけども、そういう意味では、狭いな市の面積、なおかつ交通渋滞など、計画的な間違いできない。

今住んでいる技能アーチ市民の皆様方が、ものすごく不便を強いられているのが、我々技能アーチとして一番の大きな課題であるし、そこの部分に対してしっかりと政府として支援をしてもらいたいというのが率直な意見になります。基本的な普天間飛行場というのは、もうすでに30年という重い年月を市民は、常に危険性と基地負担というものを強いられている、少しでも解放できるような形で、ぜひ先生方のお力も含めてご理解も含めてですけれども、少しでも普通の街に近づけるような、そういう支援とあるいは我々の要望について、真摯に受け止めながら前進できるような、環境を作っていただきたいと、そういう意味で今後ろの方で私どもの担当部、これ日本でも珍しいと思いますけど基地政策部というのがあるんです、常に飛行機やヘリが飛んだ場合に市民やあるいは市外からの方々から、騒音百頭板という電話が来るんです、その電話をいちいち文字で起こしながら市長報告するんです、何をしているんだ、なぜこんな遅い時間にジェット機が飛ぶんだヘリが飛ぶんだと、そういう苦労を職員に与えているということも我々としては非常に残念であると、ですから何度も申し上げますけれどもやはりこういう30年という節目の年に、全体的に不手前飛行場の問題というものを共有していただきまして、普通の街あるいは普通の暮らしができるような、そういうような市民の環境をぜひ整えていただきたいと。

30年という歴史はもう戻ってきませんけれども、30年後のある意味跡地も含めての、未来というものを作れるような、そういう明るい未来へと進めるように、国の力もそして先生方のお力添い、ご理解も賜りたいと思います、そういう意味では常に連携しながら、行政運営をしていきたいと思いますから、引き続きまたよろしくお願いいたします、青島健太君、時間きました終わりますありがとうございました、梅村瑞穂さん、三瀬都の梅村美藤と申しますよろしくお願いいたします、3名の参考人の皆様本日は本当にありがとうございます、佐紀真市長からは市長でありつつですね自分にできることがやはり国と国の約束ごとに基づくものでしたら、限られているところへのジレンマあるいは歯がゆさっていうものをにじませながら実情を教えていただきありがとうございました、先月ですね私もかかずの高台から、普天間を見下ろしてまいりました、もう想像の何倍も広大で、そして密接したところに住宅、そして学校病院様々な施設があると、ここでご恩とともに日々を暮らしていらっしゃる皆様のご苦労、そしてご不安を思うと、やはりその生で見てくるインパクトというのは大きくてですね、1日も早く全面的な変化がなされることを、日米地位協定というものがどうあらねばならないのか、この日米地位協定は見直さねばならないだろうということは。

私ども賛成党等としても訴えているところでもございます、ただ非常に難しい、言うはやすく難しいものでございまして、例えばこのおっしゃる通り、出てってもらうにはその全面的な変化を速やかにやっていただくには、どうすればいいのか、それはアメリカ側のシンクタンクに考えてもらうという、なかなか独創的で唸るアイデアだなと思っていたんですけれども、そうすると貿易や台北投資あるいは県外も含めて、日本にいる米軍基地の負担、どういった要求が来るんだろうと思うと、それもまた背筋が凍るようなところでもございます、そして川名参考人におかれましては、非常に衝撃的なこの普天間の基地が有する性格、国連軍基地としての性格があるということで、これは辺野古に移設をしたとしても、このサコ合意の条件を満たすものではないだろうというところでしょうかね、滑走路であるとか、様々なアメリカ側が期待している条件を必ずしも満たせないというところは非常に衝撃であり、辺野古の工事が完成すれば変化が見えてくるとこの30年の幻想とおっしゃったかと思いますけれどもという言葉に非常にショックも受けた次第でございます、最初の質問でございますけれども川名参考人が途中で時間の関係上この那覇空港を国連軍のために使うとするとということで、お話が途切れたんですけれども私の持ち時間15分ですべてを差し上げるわけにはなかなかいかないところではあるんですけれども、あと2、3分お聞かせいただけるのであれば、これは国会議員の皆に知ってほしいというようなところ、あるいは那覇空港を使っていくという点で、お言葉をいただければと思いますがいかがでしょうか、河村参考人、梅村議員ありがとうございます、来ておなじかんを頂戴します。

端的に申し上げます、私が時間不足で申し上げられなかった、というふうに私は考えております、じゃあ仮にですねこの那覇空港を、辺野古のカーストルの短い分の穴埋めとして使いますと、かつここを米軍だけではなくて国連軍も使えますと、いうことになった時にどういう問題について、我々は知っておかなければいけないかということです、まず国連軍日本にいる国連軍というのはですね、彼らの仕事というのはかなり限定されていてですね、路地だけです路地をやるということなんです、路地と言われてもなかなかピンとこないわけなんですが、具体的には輸送任務を彼らはメインで引き受けることになるだろうと思います、今のC-17とかですね大型の輸送機というのは、基本的には2500メートルとかですね、必要ならば3000メートルぐらいの滑走路が必要で、それを満たすのは那覇空港なわけです、辺野古ではもちろんダメなんですね、ということで国連軍もまた那覇空港を使って、例えば朝鮮有事あるいは極東有事というふうに彼らが考えている、そこには当然台湾問題も含まれると思いますけれども、そうした有事が起きた時に国連軍が起動し、アメリカを中心としてそこからオペレーションを行う時に、国連軍は那覇空港から米軍あるいは国連軍に対して輸送支援をするでしょう、その時に先ほど私は米軍はもうすでに那覇空港を使えますというふうに申し上げました。

これは重ねて申し上げますと日米地位協定第5条を根拠にすでに使えます、しかし国連軍である例えばフランス軍とかオーストラリア軍とかフィリピン軍というのは那覇空港は使えません、国連軍地位協定上ですね、彼らは民間の飛行場を使えませんので、さあそこで困ったということになるわけです、那覇空港を使っておそらく支援をするでしょう、しかしその法的根拠がない、このことをおそらくアメリカはずっと言ってきているのではないかなというふうに想像しますが、ですから事前に国連軍の合同会議を開催をして、そして那覇空港を国連軍基地に指定するという作業が、有事の前の段階でなされる必要があるでしょう、そこまではいいとして、じゃあそこでどういう問題が生じるかというと、まさに管理権の問題がかかってきます、今の日本におけるこの米軍基地問題の大きなと多くはですね、例えばPFASの問題を含めて管理権が米側にあるということです、諸外国の場合はそれがホストネーション側にあるがゆえに、回避されている様々な問題が米側に管理権があるがゆえに、日本では顕在化し続けているという問題です、国連軍地位協定上ですねこの管理権は国連軍基地に指定されればですね、なかなか容認できない可能性があるでしょうということを、お伝えしたかったわけであります、以上です、非常に難解、梅村みずほさん、すいません、非常に難しい問題ではありますけれども。

今それこそ川名さん公認がおっしゃった、幻想を抱いている国民は非常に多いんだろうとこの工事が完成してあできました、移設してくださいと思った移設が行われていくばかり、沖縄県民の不安も苦労も報われると言いますか、そう思っている国民もいるだろうなか、そうではないという現実を突きつけていただいたのが、今日の機会だったのではないかなと思っております。ありがとうございます。続きまして前止まり参考人と、佐紀真参考人にお伺いしたいんですけれども、これたられ場の話で大変申し訳ないんですけれども、お二方それぞれのお立場で、様々なこの問題に対する思いがある中、前止まり参考人は覚悟のある政治家がいないというふうに、通列に批判もしていただいたところです、これはもう受け入れるしかない現状だと私も思っているんですけれども、もしもご自身が総理大臣であられたとしたら、あるいは防衛大臣であったり沖縄担当大臣であったり外務大臣であったり、どなたでも結構です、もし自分が動かせる交渉できる立場にあるのならば、今トランプ大統領という非常にある意味癖の強い大統領が、リーダーとしていらっしゃるわけなんですけれど、アメリカとどういったお話をするのか、佐紀真参考人前止まり参考人の順でお聞かせいただけますでしょうか、佐紀真参考人、非常に難しい、想像力豊かに持って難しいテーマでございます、私自身は市長という立場でございますから、国政あるいは外交あるいはまた総理大臣になって、トランプさんと渡るということ自体がですね、想像できないんですけども、ただ市民を代表して申し上げるというか市長として10万人余の市民の生命財産を預かる市長としているのであれば。

先ほど申し上げておりますけれども30年前と今の普天間飛行場の返還条件というのは変わってないんです、言い換えれば普天間飛行場が返還はしますけれどもそれに代わる代替施設というものが運用可能になった時点での返還であると、そこはアメリカと日本の中でしっかりと話し合いをして、そういう環境を作っていくことが重要だと思います、唯一の解決策というようなお話でございますし、その唯一を私ども議論はしは、今日までずっと待ち続けていたと、決して固定化はあってはならないという前提からすると、そういう意味でまずは普天間飛行場へ返還できるように、総理大臣であればトランプさんと、しっかりとその話し合いをしていきたいと思いますし、そういう意味では当然これ外交を含めてですけど、国を挙げてやっぱり合意形成も含めてやらないといけないだろうし、そういうものは私は市長ですからあまり大きな、そして創造力豊かでない人ですからあまり申し上げませんけど、いずれにしてもまずは不天魔を解決するために、一生懸命努力をするということであります、前野麻里参考人、想像というよりも具体的にですね、トランプ大統領と交渉するのであれば、基本的にはディールが中心ですよね、取引をどういう取引をするかということが大事になってきます、我々にとって大事なのはですね、アジアの中でですね友人を作ることですね、まずは総理大臣だったら中国に行ってまず謝ります、この発言をどうしてこういう発言をしたのかという、それがアジアから信頼されるこの国をですね作ってきたと思っています。

今それが軍事力を強化してミサイルを配備してですね、そして周りの中国に対して敵だというような発言に近いようなことを言い出すということはどういうことなのかと、まずは足元を固めてその上でアジアの中で連携を取っていればですね、リールを交渉するアメリカにとっても簡単に対処できないような国になるということを言わざるを得ないと思います。101カ国と安全保障の関係を結んでいるアメリカ、それに対してまだアメリカとしか結んでいないような国、そんな時期がありました。その際にですね、自分が本災だと思っているけれども、実はアメリカにはたくさんのですね、大事な人たちがいるんだと。その中の一人に過ぎないという認識が日本にはないんじゃないかということを、アメリカから言われたりもしました、そういう意味では日本がとても大事な国だと、唯一の国だと思わせるような交渉を、トランプ大統領としていきたいと思っています、ぜひ一緒にやっていきましょう、ありがとうございます、梅村瑞子さん、たびたび委員長申し訳ありません、フライングしました、アメリカにべったりと依存し続けて、自国を防衛することを諦めては決していけないわけで、そういった意味で私たちは自衛力をますますつけていかなくてはいけないと思っているわけなんですね、最終最後100%というかどうかわからないですけれども、信じられる国はどこかといったら自国以外にはないわけです、そういった意味でですね、中国であったとしてもアメリカであったとしても、最終最後まで信じ切れるのかどうかというのは、その時の情勢にもよりますし、いろんな条件状況があるんだとは思います、先月沖縄に行きました時に、私どもの党を支えてくれている党員の皆さんから、お話を聞いた時にですね。

アメリカ米軍がずっといるのは良しとは思わない、けれども台湾有事も近いとされる中、対中抑止として米軍があった方がいいのではないか、というのも偽らざる真実のところがあるというような声も聞いております、そうした対中抑止という面での米軍についても、本当は川名参考人に聞いてみたかったんですけれども、今度私の時間がなくなったようでございますので、また次回に譲りたいと思います、3名の参考人の皆様本日本当にありがとうございました、終わります、岩渕智さん、日本共産党の岩渕智です、今日は3人の参考人の皆様本当にありがとうございます、はじめにですね、佐紀真参考人と前戸まり参考人に、普天間基地の現状についてお伺いをしたいというふうに思います、政府はですね、普天間基地問題の原点は、世界で最も危険と言われる、普天間基地の危険性を、1日も早く除去することだということを、繰り返し述べていますけれども、昨年度の外来期の飛来は3826回で過去最多、技能盤子に寄せられる苦情の数も1134件で過去最多となっているというのは、先ほど佐紀真参考人がご紹介いただきました、夜10時以降にも多数の苦情が寄せられたということで、先ほど佐紀真参考人からは残念だと、これが普通の暮らしなのかという訴えだったというふうに思うんですね、しかもですね異例の日の前日には、陸上自衛隊のオスプレイ3機が普天間基地に飛来をして、宮古空港や石垣空港に展開して、患者や物資を輸送する訓練を行ったということです、これでどうやって外来機の規制をアメリカに求めるのかということで。

本当にひどい対応だというふうに思いましたけれども、今の普天間基地の現状や政府の対応について感じておられることを、お聞かせいただければというふうに思います、佐紀真参考人、ありがとうございます、まさにおっしゃる通りだと思います、過去3年間はだいたい300件ぐらいの推移だったものが、外来機いわゆるジェット機を含めてですけども、昨年1年間で1100個したと、言いまでもなく日中問わず、昼夜問わずそういう外来機あるいはヘリが飛ぶという現状というものは、我々としては是正してもらいたいと、とりわけ外来機いわゆる普天間所属機以外の、飛行機ヘリやジェット機が来ることについては、我々としてはこれを認めていないということにありますし、そういう意味では日米両政府のおいてはそういうようなことを是正する、改善するということが必要ではないかと思いますし、そういうことは私ども機会あるごとに政府に対して要望をさせていただいておりますけれども、結果としてはまだ市民が感じられるような是正にはつながっていないというのが今の現状です、ではないかと思います以上です それでは前止まり参考人委員長、不天間についてはですね本当にあのこの状況 慰霊の日の前後ですね、まさに6月の20日から6月30日までの間にですね リゾルートドラゴンという演習をですね実施をしています、まさに沖縄戦が終わったとしてその慰霊の日にまたぐ形でですね、訓練を沖縄で実施するということ自体、日米において沖縄というのはどういう位置づけなのか、これは今日のレジュメに少し入れましたけれども、GHカーという戦後の沖縄の統治をする際に。

アメリカは沖縄の歴史について徹底的に調べています、琉球の歴史という本も出されていますし、マイランドピーポーオブ沖縄という英語の文献もありますけれども、この中で沖縄は日本にとってどういう地域なのかという、そのことについてストレートに書いています、これがレジュメにも出ましたけれども、日本はあらゆる手段をもってですね、琉球を利用するけれども、琉球のために犠牲になることは好まないということを、アメリカの政治歴史学者が書いています、その状況これはエクスペンタブルという言葉でまとめられていますけれども、日本にとっていざという時にはトカゲのしっぽと同じように切り捨てていく、それが琉球の役割だということをですね書かれているんですね、エクスペンタブルという言葉は沖縄に向けられていますけれども、今日本全体がアメリカにとってエクスペンタブルではないかという思いで見ています、この時期をですね沖縄戦を戦ってきた相手国とはいえですね、同じように沖縄戦で犠牲になった米兵たちも、同じように平和の意思示に刻んでいます、その慰霊の日にですね訓練をして、そして平気な国って何だろうというふうに思います、不天間問題ですけれども、不天間についても爆音のひどさといったものはですね、市街地の中ですからとんでもない状況でもありますけれども、もう一つこのPFOSの問題というのはですね、あの焼乳堂が100本も広がっている普天間の基地の中でですね、淡い消火剤をずっと使って訓練を行ってきたために、あの豊かな水源が今汚染をされてですね、その下流にあるですね、この大茂畑もそれから市民がやっている栽園についても、あるいは水をまくのにも豊かなこの地下水がもう使えない状態になっていると、この損害は誰が払ってくれるのかという。

この命に関わるような水の汚染の問題、これは実は普天間だけじゃないですね、カデナ基地の中において流れてきたPFOSの問題が、30万人か40万人が飲んでいる水道水の汚染にまでつながっているのに、その汚染の状況がカデナ基地の中からというふうなのが、もうほぼ断定されているのに、その調査すらさせることができないこの国って何だろうと、命に関わるような水源の管理すらもアメリカ人に任せ、そして今日も水道料金の問題が出てましたけれども、アメリカ側はなぜカデナを抑えたか、これはペリーが来た時に調査をして、この島の中で水源が豊かな地域だから、カデナを迷わずそこを占拠して基地を作っています、その豊かな水源を自分たちで汚染をして、その上で水道をよこせという話になっています、きれいにして自分で飲みなさいということをなぜ言えないのかというようなことをですね、政治家として誰か言える人をですねこの中から出してほしいと思います、せめてフェンスの内側のですね調査ぐらいはもう汚染が外に広がっているわけですから、その調査権ぐらいは実際にですねできるような体制を、局委員会としてはとってほしいというふうに思っています、これは不定間問題よりもさらに深刻な問題として、カデナが与えている沖縄県民に対する、命の危険をもたらせるような汚染、この問題にすらこの国は何の役にも立っていないという、政治の力をもう少し発揮してほしいというふうに思っています、岩渕智さん、ありがとうございます、続けて佐紀真参考人と前戸まり参考人にお伺いをするんですけど、橋本モンデール会談から30年が経過しましたけれども、今なお普天間基地の変化は実現をしていないというのが実態です、政府は辺野古への移設工事を進めることが、普天間基地の1日も早い変化につながると言いながら。

辺野古に固執していることが、普天間の固定化を招いているのが現実ではないかというふうに思います、県民が受け入れられるはずのない計画を押し付けてしかも軟弱地盤の広がる海域を建設場所に選定をして、ここまで返還を遅らせてきた政府の責任というのは極めて重いというふうに思いますし、今そこで暮らしている住民の安全をやっぱり最優先にすべきだというふうに思います。政府も一度は5年以内の運用停止を約束しました、まずは速やかな運用停止で閉鎖返還を、県民が一致結束して、それを私たち国会も後押しをして、政府に迫っていくということが重要だというふうに思うんですけれども、お二人はどんなふうにお考えかお伺いできますでしょうか、どちら、お二人、じゃあ佐紀真参考人、ありがとうございます、まず本当に佐古を超えから30年という、その時間が経ったということは、極めて遺憾であるということは冒頭でも申し上げてまいりました、そういう意味で西米両政府に対しては、しっかりとその問題について真摯に取り組みながら、一日も早く返還するということが極めて重要であるということも、申し上げてまいりましたし、いろいろとプロセスがあったにしても、基本的には策を合意というものは日米両政府で決めた約束事だと私は思っております、その中身としては何度も申し上げますけれども、普天間は全面返還をいたします、その代わり代替施設というものが運用可能になったというような状況を作った後に、普天間は返還されるということでありますから、それが唯一の解決策であるということを日米両政府が伝えておりますので、私どもとしてその唯一のものをさっき申し上げた、破棄や否定することができないということで申し上げたつもりでございます。

ですからそういう意味では一日も早く返還のためのプロセスを、スピーディーかつしっかりと大体施設のことを取り上げていただきまして、政府がやっていただきたいということが私の率直な意見であります、また今日も資料として提供してございますが、技能市民は様々な考え方があるにしても基本的な原点は早く不定目飛行場を返還するんだと、ここに集約されるものだと思います、いろんな方法やいろんな考え方があるにしても不定目が返還されない限りは絶対にこれは旧体系を取れないと、先ほど前田先生もお話しされておりますが、ゼロイコ100という問題ではなくてまずは返還をするということの現実的な対応すべきだろうと、そういう意味でこういう大会を開きながら、一日も早く返還の向きでの機運を高めていただきまして、政党問わずいっぱい、これ議論のみならずですね、沖縄県のみならず、国があるいは先生方も含めて、そういうものを真剣に捉えてほしいということでありますし、唯一というものが我々として、これを否定やあるいは破棄することは、固定化につながっていくと、固定化につながった場合で一番、落胆をし被害をこむのは議員の安心になるということを、まず考えていただきたいというのが私の率直な意見であります、前田麻里さん公認、これは申し訳ないけれども、普天間の議論安心の問題だけじゃないんですよね、県民全体の問題そしてこの国全体の問題だというふうに思っています、それを解決できるかどうかという問いかけをされていますけれども、まず辺野古に新しい基地を作る、その基地がどれだけの機能を持っているかという、冒頭に申し上げましたけれども、その検証をしてほしいと思いますね、アメリカ軍が駐留することによる利益と、むしろマイナスの部分もあるんですね。

これは沖縄でずっと言われてきました、標的の島という言葉があります、この基地があるところが最初にですね、攻撃を引きつけるマグネット効果というのがあります、これはウクライナ戦争でもそうですし、ガザでもそうですけれども、どこでも戦争が始まる前に最初に叩くのは基地を叩きます、そこを叩くというところで、これも海外隊の幹部が言ってますけれども、最初に叩かれるのはカデナとフテンマだということを、ストレートに論文で書いています、だからそこに家族を連れて行くなと書いているわけですね、そういう中で我々は攻撃をされる、受ける地域に住んでいる、そこからどうやって逃げるかという話をまたしなきゃいけないんですが、これを政府が一生懸命になってシェルターを作る予算をつけていただいていますけれども、宮古や山果たして6万7万の人たちをどうやって動かすんだという話です、ミサイル防衛の時代です、これ中国の軍事専門家と対話をした時にですね、日本国民は中国が核保有国であることを知らないんですかということを言われました、それから中国大使がですねこのような趣旨で発言しています、台湾有事ということはですね、南西諸島だけで終わる話ではないとその時は日本中が火だるまになるといような発言、そういう趣旨の発言をして物議をかましたことがありました。戦争というのは局地戦ではないんですよ。

15両団がですね、師団に掛け上げをするということが決定されたようですけれども、沖縄に1万人規模の兵を配備して何をしてかそうとしているのかと。まさに沖縄戦と同じように32軍を配備して、そして沖縄戦で戦って、本土決戦に向けて準備をする期間にするのかどうか、デジャブのようなですね、歴史をいつまで繰り返すのかというのがありますね、そろそろですね、対話によって解決をするという、外交大国を目指してほしいと思います、外交官の数がですね、今何人いるか分かりませんが、かつて5000人ぐらい、中国でも8000人、アメリカは2万人を超す外交官を持っています、外交官の数じゃないですよということを、外交官から言われたことがあります、質の問題ですと、それをあなたに言われたくないという話をしたことがありますけれども、今自衛隊の数を増やすことを一生懸命やってますけれども、もう少しですね外交官の質を高め数を増やしてですね、世界中に外交官を配置して、そして情報を取って、自分たちの国は自分たちで守るという、外交大国を目指してほしいというふうに思っています、それがまずこの普天間問題も含めてですね、基地問題全体を見直していく機会になると思います、仮想敵を作ることではなく、仮想敵を味方にしていくような国の政治をですね、展開をしてほしいというふうに思っています、岩渕智さん、ありがとうございます、最後に川名参考人にちょっと時間があまりないのですが、在日米軍の存在や中流の在り方そのものを、やっぱり根本から見直す時期に来てるんじゃないかというふうに思っているんですけれども、アメリカであるとかその在日米軍の現状、どんなふうに見ていらっしゃるか教えていただけますでしょうか、川名参考人、はい、そうですねとても一言では足りないわけですけれども、一つ申し上げますとそのような問題意識というのは。

おそらく広く国民にですね、共有されているところだと思いますが、そのような問題に対処するですね、そのアプローチが随分と異なっているなというふうに思います、それぞれ立場もありますしですね、安全保障に関する認識の違いもありますので、それ自体は当然だと思います、しかし一点抑えておかなければいけないのはですね、日本の場合は日米安保条約と、この問題が直結しているということです、地位協定の問題あるいはその個別の基地、例えば今回であれば不定間の問題とかですね、我々は十分に知っているところがありますけれども、そのことと日米安保条約あるいは憲法9条がですね、どういう関係にあるのか論理的にですね、そのことを法の論理とそれから歴史的な経緯ですね、実際どうしてこういう形になったのかということを、点検しない限りですねおそらく上滑りの議論というものを避けられないんだと思います、端的に一つ申し上げるとNATOヨーロッパの場合はですね、NATO条約に基地の提供というのは入ってませんから、例えばそのNATO軍地位協定だけに手をつけるということができるわけです、NATO条約に影響を与えずにNATO軍地位協定を触るとか、あるいは例えばスペインとアメリカの基地に関する何らかの契約を見直すということができます、しかし日本の場合はそれをやろうとするとですね、例えば地位協定というのはこれ日米安保条約6条の最速協定みたいなもんですから、当然ここを触ると日米安保条約第6条に傷がつくということになりますので、大事になるわけですね、日本はですから私はユニットバスだと言っています、ヨーロッパの場合はこれセパレートなんだと、だからトイレとバスどちらかが壊れればですね、どちらかだけを取り替えられるのがヨーロッパで、日本の場合はユニットバスなので。

トイレを取り替えようと思ったらバスも丸ごとやらなきゃいけないということで、大掛かりです、ですから日米地位協定や個別の基地を問題だというふうに考える人は、ほとんどだと思いますが、今日米安保条約が問題だという議論を提起する人は、ほとんどいらっしゃらないと思います、しかしここは切っても切り離せない、不可否の論点だと思いますので、そこを含めておそらく議論を立て直していく必要があるだろうと思います、岩渕総務さん、ありがとうございました 以上で終わります、伊勢崎源氏君、どこから始めたらいいかちょっとあれなんですけどまず僕も前田真理先生と同じように結構陸軍ですけどアメリカの陸軍の知人がいっぱいありまして、ずっとこういう関係続けてるんですけども彼中将の時に20年前ですね、アフガニスタンで行ったことは忘れられなくて飲みながらですけどもね、彼言ったのはね地日課なんですよ彼ね、日本政府ほど我が海兵隊のわがままを聞いてくれる政府はいないと、ウインクしながらアメリカ政府よりもねみたいな感じがある、これは多分陸軍と海兵隊の微妙な関係性があると思うんですけどね、今日は前戸森先生と同じ、先ほど市長にも次の質問をお願いしたんですけれども、トランプ政権さっき言われましたディールですよね、かえって今扱いやすいんじゃないかな、問題解決のためにね、その観点から、なぜかと申しますと、第一次トランプ政権の時に、第一次ですよね、彼は確かブルーンバルグの、英語の記事だったんですけど、インタビューでしたんですよ、不天真のこと、日本で不天真の問題になってるらしいと。

つまり危ないとこからアメリカの若者を帰還させるという、こういう海兵隊も海外遠征部隊というふうに位置づけて発言してますよね、多分沖縄の海兵隊の撤退に対する彼の主観的な抵抗感は低いのではないかと僕は思っているんですね、こういうトランプ政権でありますがこれが存続している中で、この在日米軍駐留経費負担に関する特別協定、SMAですね、これの更新交渉が多分もう始まってますよね。今年で切れるはずですから、こういうタイミングを考慮しながら、トランプ政権がいつまで続くか、次の任期はないはずなんですけれども、どういうディールを我々が仕掛けられるかということを、お二人にお聞きしたいんですけど、お願いします、先ほどもお話しいたしましたが、トランプ大統領とお会いしたこともないし、ましてこの様々な情報というのは、いろんな情報が飛び交っておりますから、私が総理でもないしまたそういう経験もない情報もない中で、リールというお話はなかなか難しいと思います、ただ議論は首相としての立場で再三申し上げますけども、政権やあるいは大統領が変わったとしても、左交合意の中身についてはほぼほぼ変わってないということであります、普天間飛行場を返還するということで、当時は橋本元総理やクリントン大統領が最終報告をいただいた、その歴史的に見てもその中身は若干いろいろとツーパースなどで変わってきておりますけども。

しかし普天間の変換全体としては変わってないと、それは時間は経ったにしても大統領が変わっても政権総理が変わっても、これは変わってないものだと私は認識しています、まして今は唯一の解決策というものが大きくクローズアップされておりますので、そういう意味ではまず原点というものを考えたときに、トランプさんであれ総理であれ、ということを忘れずに日米安保が必要であると、よって普天間飛行場変換しますけど日米安保のある意味発展系進化系ということも申し上げておりましたので、そういう意味ではその相乗効果の中でまずは普天間飛行場変換するということ、そして沖縄の基地負担軽減をしっかりと実現するということが何よりも重要だろうし、ここは沖縄だけではできないましては技能案だけでもできないんですね、よってやっぱりこれ国対国のある意味条約ですから、そういう意味でのしっかりとしたアプローチというものを国会も含めながら、しっかりと我々のような10万人市民をいかに普天間飛行場から解放できるかというのは、まさに国の役割だろうし、その中でも国会というのはやっぱり法律を作る側の方々でございますから、ぜひそういう意味ではしっかりとこの問題をですね、我がことのように考えていただきまして、普天間飛行場を一日も早く返還できるような、与野党問わず考えていただきまして、解決に向けてぜひお力添え賜りたいと思います、トランプの代表の交渉を取り、すいませんコメントできません、続きまして前止まりさん、取引というところではですね、沖縄返還協定というのがありました、沖縄はですね、アメリカが血を流して取った領土などに、それを無償で提供できないというそんな議論もされていたようですね、その際にですねこれも戦後史の中で検証してきましたけれども、当時の沖縄の米軍基地これを維持してそして朝鮮戦争あるいはベトナム戦争に臨んでいた時にですね、沖縄基地の返還運動が非常に激しくなって20万人規模のデモ隊に囲われた時にですね。

当時のスナイダー民政官はですね、これも沖縄を日本に返せと。なぜなら日本の警察を入れて、そして日本の自衛隊でも入れない限り、米軍基地を維持するのは困難だという、そんな発言をしているんですね。そこで返すということを軍の方に交渉しに行ったらですね、我々が中を流したところを返すというのはそんなことはできないと言ったらしいですね。それに対してミルクが欲しいからと言って牛を買うバカはいないと、牛を買うためのお金がかかりすぎてるんだと、お前たちが欲しいミルクは俺たちが取ってやるから、牛は持ち主に返してやるという話をしたということを聞かされました、つまりその際の交渉というのは沖縄というものの復興資金も含めて、生活費も含めてアメリカが予算を出してた時代ですね、それからですね日本に返してあげることで沖縄のですね、実はカデナ基地は今資産価値がいくらかという、あるいは普天間基地はあるいはキャンプハンセンシュアブあるいは横戸はという、この数字はアメリカ側が毎年資産を出してですね、どれぐらいの資産価値があるかというのは出しています、そういう中で言うとですね、なぜかカデナよりもですねこの横須賀基地の方が上がってきたりするんですね、もしかしたら核の貯蔵庫でも作っていないかというような疑惑すら出る、そういうそれぞれの基地のですね、価格の変動を見ながら、その装備がどういうふうに変化しているかというのも、見たりしています、それから変換にあたって第一トランプ政権とですね安倍首相がりをしたときに、これはもちろん思いやり予算、思いやりすぎ予算とも言われていますが、思いやり予算の交渉の際に、あるいは変務制の問題をつつかれたときに、総務制、アメリカは日本が危ないときに助けに行くのに、なぜアメリカが危ないときに日本は来ない、このフェアな関係にもう一度すべきじゃないかということを第一トランプ政権で言われたときに、

これはこれをやめることによって得するものと損するもの、両方が必要だと思っています、日本を軽視することによるアメリカのマイナス、それから日本を重視することによるプラス、こういった尊徳感情で政治の世界でもですね、しっかりと見据えた上でトランプ政権との対応をですね、しっかりと議論をしていってほしいと思います、伊勢崎憲次君、すみませんねリアクションしてる時間がないんでごめんなさいね、川野先生朝鮮国連軍のことなんですけど、多分これ日本人には分かりにくい本当に分かりにくいですね、朝鮮国連軍って言ってますけど今の国連の常備軍ではありませんとね、このこと話すとまた長くなっちゃうんですけど、実はこの先週の予算委員会で高市総理にこのこと、この地位協定のことを質問したばかりなんですよ、その中では事前協議、朝鮮国連軍地位行政における事前協議についてですね、いわゆる密約の懲りや未立、朝鮮議事録ですか、これが事実上執行していると、日本政府は一応見解を述べてますけれども、じゃあ執行したという合意はあるのかと聞くと、ないわけでありますよね、曖昧なわけですよね、とにかく繰り返しますけれども、この朝鮮国連軍の存在自体が日本の政治家にも認識されている日本ですが、韓国ではかなり大きな変化が今起きていると僕は思っております、ユンソンによる前大統領がこれは先週の予算委員会でもこれ言ったんですけれども、前大統領が2024年最近の話ですよね、日本の国連軍の広報基地を自動報復装置、自動的に報復できる装置北朝鮮に対して、プラス中国ですけどもね。

称賛したとある国家教授の中でですね、当時野党であった今の大統領は面白い表明してるんですよ、いやそんなことあればこれは韓国の主権を侵害していると、朝鮮軍は国連軍はですね、そして面白いのはね、日本に最新略の口実を与える極めて危険なものと、こう批判している面白いですね、で今そのイーさんが政権大統領になったわけですけれども、この当時の野党だった時の問題意識が、韓国の公式な対外外交姿勢に反映される可能性が多分高まっているんじゃないかないわゆる僕らにとっては後期かなと思っているんですけれどもまあこれ僕は今これを主権のねじれ日韓のですね、これをこういうふうに捉えているんですね、つまり日本側はまあ事前協議なしに、他国籍軍国連軍が日本の基地から自動的に出動し、我々の意思と関係なく、日本が自動的に抗戦国に巻き込まれる、つまり反撃の対象になってしまうということ、これが日本の主権問題、韓国側は韓国の主権を超えた国連軍の動き、これは韓国にもリベラルと保守があって、リベラルの方はこの国連軍を明確に、南北の優和和平の障害になっていると、保守の方も同じように、例の戦時作戦当政権の問題ですね、これのダッシュ、アメリカからダッシュするための障害になっていると、こういうふうに捉えているわけです、でも主権の問題だと、プラス日本の介入を懸念する、これはちょっとクエスチョンマークですけどね、ここでお伺いしたいんですけれども、この今の異政権が存続する間に、日韓両国がねじれてますけれども、主権の回復という共通の認識のもとに、この朝鮮国連軍。

僕は冷戦の異物ゾンビと呼んでるんですけれども、これとの日本が持っている、朝鮮国連軍が地位協定を持っているのは日本だけですから、この地位協定を解消する、つまり国連軍の解消が先か地位協定軍の解消が先か、これニワトリの卵の理論になっちゃうんですけれども、この辺の見解を伺いたい、特に日韓がどう協力できるかどうでしょう、川名参考人、極めてアカデミックなというかですね、高度な議論でどこまでお答えできるか、はなはだ心持たないところもありますけれども、先生の胸を借りるつもりでお答えしてみたいと思いますが、おっしゃった通りでですね、日本側からするとこれは朝鮮議事録ですね、これはアメリカ側はおそらく執行したとは見てないと私も思っています、朝鮮議事録というのは主語がアメリカではなくて、国連の統一司令部の下に入ったアメリカという風になってますので、ですから国連軍に変身した米軍、これに関してはいわゆる事前協議しなくていいんだということを、1960年の安保改定の時に取り決めています、日本側としては佐藤政権は1969年の段階でこれに変わるですね、声明を発しているのでこれはもうリプレイスされたという立場を取っているようですけれども、そこから10年後ですね1979年の段階でアメリカ側の資料によると、朝鮮議事録つまり事前協議をバイパスするこの仕組みとして国連軍は重要だというふうにアメリカ側は考えているので、私としてはこれは有効なんだろうというふうに思っております、他方で韓国側はですね当然だけれどもこの問題に非常に詳しくてですね。

私もこの国連軍の問題に遅ればせながら気づいたきっかけは、韓国の軍人から指摘されたからです、慌てて勉強して今に至るわけですけれども、韓国においては国連軍の再活性化という言葉を使いますけれども、まさにこの戦時統制権の問題と絡めて、実はですね当事者じゃないので非常にこれ制度的にはややこしい問題ではあるんですけれども、このアメリカは少なくともこの東アジアの安全保障を面で捉えているという意味で言うと、いわゆるこの国境戦というのは国際法上の境界線であって、安全保障上の境界線ではないわけです、我々は国際法上の境界線に従って物事を考えがちですが、アメリカにとって日韓というのは同じ面に属している一つのシアターです、ですからこの安全保障環境が非常にドラスティックに変わりつつあるのであるとするならばですね、やはり我々も頭の中を少し考え方を変えて、国際法上の国境線は確かに重要だけれども、安全保障上の境界線というのは別のものだというふうに考えた上で、日韓で建設的な特にこの国連軍を結節点にした関係性というものが、戦後一貫して存在しているわけなので、この問題について議論する、まずは土台というかテーブルを設ける必要があるだろうと思っています、伊勢崎、時間が参っています。

日韓のネットワーク学者レベルでやりましょうか、作りましょう、ありがとうございました、ありがとうございます、以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました、参考人の皆様に一言御礼を申し上げます、参考人の皆様には長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました、委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます、本日の調査はこの程度にとどめこれにて散会いたします。